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あいのむきだし

こんにちは。おはつにおめにかかります。雪原です。

2月の22日は午後2時から園子温愛のむきだし』の上映会が第4講義室でひっそりと行われました。

ひらがなで書いてみて思いましたが、あい、というのは五十音順の最初の二文字ですね。いやべつにだからどうというわけではなく…。

4時間の長丁場でしたがシーンごとの演出がはっきりしていてテンポもよく、わたしは最後まで飽きずに見れてしまいました。気になる方は観てみてください。

前半はどろどろの人間関係でしたが、後半から思いがけずアクションに突入しあれよあれよというまにラストシーンになだれ込んでしまいます。といいますか、後半の展開を知らずに上映してしまい、ちょっとまさかこんなはずでは…と企画者本人が頭を抱えてしまいました。

個人的には、

「変態なりにちゃんと生きてる!」

のセリフがよかったですね。そうです。ちゃんと生きることが大事なのです。

こう言うと、二股も三股もかけるサークルクラッシャーは「ちゃんと生きてない」と思われそうですよね。でも、、そうでしょうか。股をかけないためには相手を選ばなければならないし、相手を切り捨てなければなりません。切り捨てるというのは、心のなかでそう思うのではなくて、相手があなたに抱く期待を具体的に拒否しなければならないわけです。拒否には理由が要ります。その理由は…それは、往々にして、別の相手があなたに抱く期待、ではないでしょうか。そして、その相手の期待を特別視する理由は、あなたがその相手の期待を期待している…これでは、独りよがりと何の違いがあるでしょうか。

すべての期待に応えることができない以上、どこかで妥協は必要です。しかし、この妥協のさもしさに気づき、それを許すことができなかったとき、自分ではちゃんと生きようとするつもりが、事態をますます悪化させてしまう。ちゃんと生きるということは、難しいですね…。

結局本作は、母の期待に応えることがちゃんと生きることである、ということに気づくところにカタルシスがあるのでしょう。でも、それではコイケさんはファロスに負けてしまったことになるでしょう。ここはぜひ、コイケ視点でもう一度脳内再生して、どろどろ具合を堪能してください。

それにしても、なんと言いますか、勃起は決して正しい相手にあなたを導いてくれるわけではないと思います…男性諸氏。