本能のラプソディ -踊り続けた「私」と、踊れなかったキプラと(自己語り版)

()こんにちは、キプラと申します。

突然ですが、今から私のセクシャリティーと、それにまつわる体験と思索について書きます。

初めはリアルで出会った方にも、キプラとして出会った方にも受け入れやすそうな八方美人な論説文を目指して書いていましたが、いつの間にか投稿今日だし、もう疲れたのでやめました。思ったこと適当に書かせてください。分かりにくかったらごめんなさい。

ネット上で見られる珍しいタイプの性の体験談としてかなり貴重な資料になってくれればと願っています。

(※私自身の性への見方を多少押し殺して分かりやすさを重視した文章にはしました。だから些細な表現を持ってこられて「この見方は……」と言われても困る、のかなあ。むしろ楽しい気もするなあ)

 

未完成ですごめんなさい

 


私には何かが足りていない。そう薄々感じ始めたのは、中学生活のちょうど中盤の頃だと思います。

確信というほどではなかったように思います。ただ、どうも美学(のようなもの)が足りない。この時期になればみなが当然のように持っているある美学への自覚が、あまりにも、ない。そう感じるようになっていました。

今思うと、それは、性の美学でした。

今でも私にはあまり理解できてはいませんが、私(シスジェンダー男性です)の周囲の多くの男子達は、その性の美学で女性性を表象する身体の造形美を語り合い、絆を深めていたように思えます。しかし一方では、その美学をもって男性の身体の造形美に触れることをタブー視し、あるいは茶化すことも、コミュニケーションの大切な一部分として自然に受け入れているようでした。

私には、その気持ちがまるで分かりませんでした。

確かに人間の身体には、かっこいい、かわいいという概念をあてはめうる。しかし、それにしても、これは少々過激すぎるのではないか。なぜみな、狂気とすら思えるこの感情に、疑問なく身を委ねているのだろう。性の美学を知らない私にはそう思えて、それに気持ち悪さや嫌悪感、恐怖すら感じていたのでした。

最初の転機が訪れたのは、恐らく14歳の後半か15歳はじめ頃のことです。

そのころ、自分が時折激しい衝動を伴って行う妙な快感を伴う行為がマスターベーションと呼ばれるものであること。恐らくそれと密接に関わる感情として性欲があり、彼らの美学はそれが由来なのであろうことに徐々に気づき始めました。

そして合点が行きました。ああ、そうか。これが彼らの「美学」か。

先ほど書いたように、この知見を得る前から、私にはすでに友人たちのその美学への執着にそこそこの嫌悪感を抱いていましたし、(今では申し訳なく感じますが)たまにそれを表明することもありました。

そんな中で得た、本能としての「性欲」という概念——私には理解できず、友人たちには分かるあの特異な美学を説明しうる概念——は、当時の私の、友人たちの態度への嫌悪感に根拠を与えたように感じたのだろうと思います。

しかし、ここまできてもなお、私は自分のそういう美学の欠如をセクシャリティーの問題として捉えることはありませんでした。しかし、高校生活が始まってから、その状況が大きく一変します。

 

 2

高校入学直後。そのころから、自分がその美学を持たないことを「性の問題」として激しく意識化するようになりました。

きっかけはあまり覚えていませんが、自分の性の美学の特異なあり方を自覚し始めた、というのが大きな原因になっているのではないかと思います。

分かる人にとって分かりやすく言うならば、これまで用いてきた性の美学とは、「性的指向/嗜好(と、それに基づく個人の社会的な言動)」に近いでしょう。私はいわば、自分の性的指向/嗜好について、他人とは違うことを明確に意識し始めたのです。

その後高2中盤までは、ひたすら自分の性について調査する期間でした。その中で私が最も辛かったのが、私を「指す」単語を探す旅路があまりにも長かったことです。

まず、当時すでに知っていたLGBTという単語は、私に当てはまるものではなかったのです。これだけでも相当辛かったと記憶しています。当時のネットの言説の大部分を占めていた「理想化されたLとGとBとT」の話は、私に共感できるものでは全くなかったのです。

その後半年以上かけて「Asexual」という単語に辿り着いた時には「これだ」と思ったものですが、当時のインターネット上にはなぜか「Asexualかどうかは25歳くらいまで待ってから判断しましょう」だの「病院で聞きましょう」だの「性的な空想を一切しない(これは何がおかしいの?と言われそう、という意味で誤解の恐れのある表現なのですが……)」だのといった言説がAsexualという世界の真理であるかのようにはびこっており、私のような「(やばめな)性的嗜好持ち」の(現在ではこういう言い方はしないが当時はこう思っていた)医者嫌い高校生はご丁寧につまみ出されてしまったのでした。

現在の状況を踏まえても、この当時が私が自分の性に最も悩んでいた時期であると言えます。

ところで私は、男子の割合が非常に多い運動部に所属していたのですが、そこでの人間関係が、時々極端にきつく感じられることがありました。

というのも、その部の中での雑談・語りは、中学での思い出として前述したような造形美への語りが引き継がれた場でもあったのです。その語りは、中学当時の友人のそれほど「条件反射」的なものには見えませんでした。が、その分、高校の部活の友人は、直接的な性的な話のほか、好きな女優の話などを好んでしたどころか、あろうことか私にも半強制的にそれを求めてきたのでした。男性なら誰でも(十分に人間的な(1))女子に性的魅力を感じるかのように。性愛への欲求が人間の「本能」であるかのように。

その部活は間違いなくいい部活でした。とてもいい思い出が多く残っています。が、こういう話をされるときに限ってはとにかく辛かったし、今でもそのせいで当時の友人と関わるときは、そういう話になってしまいそうだと感じるととっさに緊張してしまう自分がいます。

また、私は同時に「オタク」という存在が苦手でした。これには私が中学から引き継いだ性嫌悪傾向の影響もあると思われますが、オタク達は、自分の性愛のあり方を仲間内で隠さない集団であり、そのホモソーシャル性なども含め、いかがわしい存在であると感じていました。

その後考え方がアップデートされ、オタクの世界の中でも割とコアな集団に入り込んだ現在はそうは思っていないつもりですが、この時醸成した考え方は、今でもよく私の思索を呪縛するものとなっています。

それはともかく、私は高校生活の中で「私」をなんとか演じ切りました。性的な話や「オタク」が嫌いな「私」を。それでも異性愛者である(という暗黙の了解の上に成立している)「私」を——。

性愛を「本能」として受け入れる「私」を。

 3.

やば。これから予定入ってんのにもう時間30分もない。途中ですが急いでまとめます。すっげー雑になるけどごめんね★

「私」を演じる——大学に入っても、そこで出会った大勢の友人の中ではその本質は変わりません。それはクローゼットの運命なのかもしれません。

その一方で私は、その「私」に反駁する人格としての「キプラ」を、ここ数ヶ月で急速に築き上げることになりました。例えばキプラに準ずる名前で関西クィア映画祭などに関わったほか、セクマイ関連の様々なイベントに参加させて頂きました。それらはとてもいい経験になりました。

しかしそれ以上に、その過程の中で得た知見がキプラにとって重要なものでした。

中学生の頃、性欲という概念を理解し、それを友人らの「美学」への嫌悪感の根拠にした「私」。誰もが性的な話が大好きで、しかもその対象は男性なら※1のような存在であるという規範を無意識に私にも強要した高校の部活の友人たち。そしてそういう存在や、オタクを含めたホモソーシャル的なものを過度に嫌った「私」。

端的に言えば、その誰もが、私という存在を受容しうるものではないことに気づいたのでした。

性嫌悪持ちの私、「Asexual的」な私、珍しい(もっと言えばやや反倫理的な)性的嗜好を持った存在としての私。それは中学・高校時代、友人への反発の中で形成された「私」によってむしろ否定されるものであると考えるようになったのでした。

そして、そんな「私」に反発したのが、今の私のHNであるキプラでした。

先ほどから出している「本能」という言葉は、キプラが、「私」とその過去の友人(特に部活の友人)の態度を同時批判することを自分の中で説明するのに用いた言葉でした。

「私」や(私から見た)中高時代に出会った多くの他者(この語りに出てこない存在も含めて)にとって、性愛とは「本能」でした。本能であるがゆえに、強く、暴力的で忌々しく、それでありながら自然で神聖な感情のエッセンスそのものでした。

だからテレビや友人たちはそれに(ある意味感情の最高法規としての)普遍性を無意識のうちに見出し(ているように見えた)、「私」はその暴力性から(特に男性の)それを忌み嫌うことを正当化したのでした。

キプラはここ数か月、私の中で、そのような発想に反発する存在として確立していきました。反発せざるを得ませんでした。もし性愛がその意味で「本能」なら、私ほどの危険分子は存在しないから。健全に人を愛さないくせに、その「本能」は倫理的でないからです。

今のところ、キプラの中での性とは、強い感情、行動への強い原動力でありながら、「ただそれだけの」存在です。キプラは性の感情を、強い憧れや、悔しい気持ち、他の様々な感情表現と変わらず表現されるものとしてみなしています。

私はいまでも、自分の性的なアイデンティティーを表現する名前を持ちません。そんな私を、キプラは、ある意味で反社会的な存在として現前させる存在です。(実はそもそも、そういう「名づけ」へのこだわりも昔ほどはないのですが、それはまた別の話。)

だから表現の機会を得たキプラは今、こうしてこの文章を書いています。まだ割とクローゼットなので、私の全てを言うことはできませんが、こんな残念な倒錯者の手記として。その倒錯が「本能」であることを否定するものの自分語りとして。「本能」の倒錯者ではなく、感情の倒錯を引き受けた人間の手記として。

性という本能を踊り続けた「私」からはみ出た、踊れなかったキプラの手記として。

そんなキプラは、私の中でこれからどういう存在になっていくのだろう。今ではそれを楽しみにすらしています。

 

うわ分かりにくいしそうじゃない、あー不完全燃焼だ……

 

ごめん、もう時間ない。このまま出します。マジでごめん。もっと早く用意すればよかった。

 

次回はおぎありさんです。

 

※1 説明が難しいが、性的、あるいは恋愛対象として一般的に考えられている「女性」像を表していると考えてほしい。自我を持った成人女性はおよそ当てはまるが、キャラクター的なものだと人によってはそう考えない人もいるとか……そういう感じ。