ピンボケしていた僕がAVの扉を叩くまで

 

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 サークラアドべントカレンダー18日目。匿名の投稿になるが、自分の懺悔と発見を巡る性の話について語りたいと思う。



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 中学時代、僕は特段にモテることもなく、また女子に嫌われているわけでもないポジションにいる少年だった。

 

 周りを見渡せば、モテている人は見事にキャラが立っていた。

 

 陸上部やサッカー部に入っている人らは、分かりやすいだろう。ハードな運動で肉体はゴリゴリに鍛えられ、そして見事に風格も備わっていた。野球部は別格だったと思うが。

 

 吹奏楽部は、他の部活に比べて異常な人数の男女比からか、ぬるま湯に浸かるように女子とちやほやしている男子がいた。バレンタインデーの日にはチョコレート交換と言いながら、数えてみれば運動部より多くもらっているはずだ。

 

 僕はといえば、何もなかった。

 

 「いい噂」があったわけでもなければ、僕自身、気になった人もいなかった。

 

 仲のいい女子は何人もいたし、授業でも休み時間でも冗談を言い合っていた。

 

 あの子のこういう所が可愛いよねと言って、何それーって返されて、みんなで笑った昼休み。同じ部活の後輩の女子と一緒に帰り道を歩いて、趣味や部活のとりとめのない話をした。

 

 ただ、年端のいかない男女で「恋人」という関係になって、何が楽しいのか分からなかった。

 

 捻くれていただけかもしれないけれど、カップルになるのは大変なのだろうと思っていた。お互いに相手のことを気遣わないと行けないし、からかってくる(僕のような)奴らのいじりに耐えないといけない。

 

 友達以上の関係を持つ人は、どこかで特別な関係に憧れているんだろうとぼんやり考えていた。恋に恋をしているという説明に僕は納得した。でも、その横でじっと他人の幸福を見ていた僕は、彼らとは違う現実を自分の手で変えようと思わなかった。

 

 ぼんやりとした女性関係には、いつからか興味さえ失っていた。ほどほどにスポーツに精を出すこともあったが、趣味の読書を差し置いて何かに熱中することはなかった。

 

 新しい春を迎え、教室も学校も毎年のように変わる。電車に揺られながらmixiTwitterの人間関係を眺め、カラオケでオタク仲間と束の間騒いだ。

 

 変わらなかったのは自分の部屋の間取りと、僕のどっちつかずな性格だった。



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 大学一年の夏、僕は同じサークルの女子に告白をした。通っていた文芸サークルの中でちょっと浮いていた僕と気軽に話が出来る子で、僕は彼女をもっと知りたいと思っていた。

 

 ただ、この感情は恋ではないという割り切りが自分の中にあった。恋人らしいこともしてこなかったし、女性面では冴えない僕だけど、彼女ともっと話すきっかけをこのまま先送りにしたくなかった。

 

 純粋な恋愛ではなくても、僕は彼女に惹かれるものを感じたことは間違いなかった。それは僕の中で溜まっていた泥の河を、一本の橋が掛かっていくような清々しさがあった。

 

 テレビで流れる西野カナを聞いた時、異国の地で愛を叫ぶロミオとジュリエットを思い出した。半径3m以内にいる女子が共感している、好んでいることにリアリティがなかった。恋愛と自分の間でそびえていた、今まで見ようとしなかった河がいかに深かったのかを想像した。

 

 ただ、手探りでも恋愛に身を投じることは悪くないと思った。彼女がいないことへの目に見えない圧力には飽き飽きしていたが、友達とは違う何かがそこにあるんだろうと期待した。二人2人でどこかに行き、見た目のいいご飯を食べて、楽しく喋るのなら、「楽しい毎日」の延長線上として満足出来るだろうと思った。

 

 声を掛けてみることから始めようと思い、サークルや同じ授業の女子と話す習慣をつけるようにした。彼女たちとの会話は盛り上がったが、彼女たちのプロフィール、趣味や容姿ではなく性格や思考は判を押したように似通っていた。

 

 大学に通っていれば、モデルとして活動できそうな人や髪を緑に染めてビジュアル系の服を着る人など色々な人と会う。きっかけを作って話してみるが、いつの間にか彼女たちを性格のカテゴリで分類している自分に気づいた。

 

 人生の夏休みと称するにはどうしようもなく、大学生はロボットに近い生き方をしているのだろうと思った。創造性も、まして説明能力さえも足りていない大量の人間が大学に集まっていた。綺麗なものに綺麗と言い、可愛いものに可愛いと呟くプログラミングを埋め込まれている彼女たちと付き合いながら、自分の未来像がぼやけていくのを感じた。

 

 ただ、僕の希望は潰えることはなかった。感じたことをちゃんと話してくれる、ものや人に対する感性が豊かな子を発見した。女性としても人としても魅力的だと感じ、趣味や性格も自分と不都合がなかった。

 

 彼女を誘って入った渋谷の喫茶店で、僕はじっと告白するタイミングを伺っていた。

 

 今読んでいる本や、次に行きたい旅行について会話しながら、少しずつ夜が更けていくのを感じた。静かに紅茶を飲む彼女の表情から、機があるのかを探るのは難しかったけど、僕に迷いは無かった。

 

 NOの結果を突きつけられたとき、僕は自分の体が冷めていくのを感じた。

 

 僕の言い方、誘ったきっかけが悪かったんじゃないかと自問自答した。そもそも彼女にしたい理由が間違ってるんじゃないかと後悔した。

 

 考えるたびに、恋人になることの意味が手からこぼれ落ちていくようだった。

 

 サークルのメンバーに当たったために、告白の代償は大きかった。周りのメンバーが僕を見る目が変わったのは明白だった。そのサークルからじりじりと距離を置くようになった。

 

 学部の仲間や、他のサークルの中でいくつもののもカップルが生まれては別れた。

 

 少し大所帯のバドミントンのサークルで、唯一僕と同じ学部の先輩は常に自分の彼女への不満を冗談にして僕に聞かせた。LINEの即レス(すぐに反応すること)は当たり前、毎日似たような言葉を並べて、週に何度かはイベントを作る。たまに二人で抱き合う写真が流出するのも、イベントの一種のようだった。

 

 「付き合うのは大変だよ」と嫌味のように言って、同学年の先輩にツッコミを入れられていた。サークルのみんなで笑い飛ばして、僕自身も嫌になることは無かったけど、なんで二人は付き合っているのかまで理解できなかった。

 

 男女比が半々の学部では、グループワークやゼミで男女入り混じって話す機会はそこそこあったし、サークルの女子とも多少の冗談を言い合えるほどの仲になった。

 

 だから、誰かにアタックする機会はそれなりに存在した。ヤリマンや彼女を取っ替え引っ替えしている人とは風格が違うけど、彼女が欲しいならあまり悩む必要が無かった。

 

 それでも、自分の中のスイッチが入らない。

 

 彼女を持って、それからどうするのかがイメージできなくなってしまった。それを楽しんでいる自分なんて、見当もつかなかった。

 

 失敗を繰り返すよりも、自分の内面をもっと知ってからトライしたい。そう思うようになった。



***



 友人に勧められ、人生で初めての風俗を体験した。

 

 歌舞伎町一丁目のメイン通りから少し南に下がったところにあるラブホテルの一室で、僕は風俗嬢が来るのを待っていた。

 

 友人は重度のピンサロ通いで、わざわざネットに日記をつけて面白おかしく書いていた。店員にうがいを催促されても少し焦らすだの、有名人のこの子に似ているだのと、どこから湧いたのか分からない自信に満ちた内容だった。

 

 ただ、女性とそういうことが出来る世界があることに興味を持った。1818歳を超えているし、自己責任で飛び込んでみるのも悪くないと思った。

 

 ドアベルが鳴る。扉を開けると、サイトで見た写真以上に可愛いと思える子がいた。

 

 部屋に招いて、ここは寒くないかと聞く。

 

 ありがとうと言って、僕の頰にキスをする。

 

 評判通りの「可愛っ子ぶり」だった。

 

 僕は自分の好みや趣向について、少しずつでも手がかりを集めようとしていた。自分にとって謎の多い子ではなくて、いっそ誰からも認められるような「可愛い」そぶりをしてくれる子はどうだろう。清楚を求めなくても、素直にイチャイチャ出来る子だと僕に合うだろうか。

 

 お店に電話を入れて、シャワーを浴びる。出会った時には重く緊張していた僕の口調も、シャワーを浴び終える頃にはなめらかだった。明らかに、この状況を楽しもうとしていた。

 

 洗面台の上に置かれた重油のようなうがい薬をコップに垂らし、蛇口をひねると色が希薄になる。淀んだコップ一杯の水で、口内の雑菌を洗い流した。

 

 手筈は整った。僕は彼女を布団に招いて、両腕で包むように抱きしめ、引き寄せられるようにキスをした。

 

 彼女は終始笑顔を絶やさず、僕の目を見ていた。二重のクリクリした目が、収まらない僕の鼓動を見透かしているようだった。

 

 特別なお願いをしたわけではないが、彼女は僕の気分を察してその場その場でプレイをアレンジしてくれた。それは、ラブラブな雰囲気を維持したい彼女なりの配慮なのだろうと思った。

 

 その気持ち良さとは裏腹に、自分の神経系が鈍りつつあることを悟った。自分の口から漏れる声は、喘ぎ声ではなく彼女とのコミュニケーションの一形式になりつつあった。

 

 部屋の暖房が目標の気温に近づくにつれて、反比例するように僕の興奮が冷めていく。

 

 仰向けになっても、仁王立ちしても、四つん這いになっても、心のどこかで自分の格好の滑稽さを笑っている自分がいた。

 

 皺の寄った毛布が、すべからく時間の経過を告げていた。11分11秒が沈黙と静かな熱気の中で溶けていくようだった。

 

 彼女はその手を止めると、僕とまた毛布に入ろうと言った。彼女の疲れたと言う声の重さと右腕で、僕は肩の荷がさらにのしかかるのを感じた。

 

 時間がどれほど経ったのかわからないが、折り変えさないといけない局面に来ていることを察した。黙って僕の横で寝ている彼女も、おそらくその機会を狙っていたのだと思う。

 

 わざわざベッドの上で仁王立ちになって、彼女に目で合図した。彼女は背筋を伸ばして、ラストスパートに望もうとしていた。

 

 二人の息が合い展開が加速する。残り10分を告げる携帯のタイマーが鳴り続けても、僕たちは無視した。目の前の人間とのやりとりに集中しようとすればするほど、22つの部品がただピストン運動をしているように見えた。

 

 彼女が動く人形に見えてしまう自分が情けなかった。雰囲気やプレイで僕を楽しませようとしてくれる彼女は、間違いなく人間だった。木偶の坊は僕の痩せ気味な肉体だった。

 

 いっそ鏡越しに性行為ができたらいいのに、と思った。彼女ではない彼女を見ながら、僕ではない僕が他人を満足させようとせっせと励んでいる姿の方がどれほど良かっただろう。

 

 ホテルから出る別れ際、迎えの車を横目に僕たちはハグをした。彼女のコートと僕のジャンパーの厚みが合わさって、お互いの身体を抱いている感触のない、ただの社交辞令になってしまった。

 

 結局、数万円のお金と夕方の一刻を使って得たものは、現実の時間を忘れてしまうような感覚と、僕を付きまとって離れない現実の発見だった。

 

 女性に対する興味はあっても、生身の肉体に対する執着心がまるでなかった。それはAVやエロ漫画の見すぎなどではなく、自分を興奮させてくれるものに対する信頼の欠如だっただ。

 

 彼女の温度を感じながら抱き合っていたとき、蟻地獄のように布団の中に沈んでいく自分がいた。彼女の質感を確かめながら、僕の中にこみ上げてくるものが何もなかったことに虚無感を拭えなかった。

 

 誰も本当の意味で他人を満足させることは出来ないのだと思う。満足という小箱を送りあって、ふたを開けたら煙を浴びて余計に年をとる。寿命から考えて残りが60年以上もある僕の人生は、箱の開封作業に消費されていくのだろう。

 

 僕は、僕自身の身体を客観的に見る必要があると思った。

 

 何かがおかしいという直感と、もっと知りたいという好奇心がない交ぜになって僕の中のエンジンを回していた。そして、彼女のような経験をする人をもう出したくなかった。

 

 自分が満足することを諦めることができても、誰かを満足させることにわずかな希望を持っていた。性的衝動に駆られながらも、誰かに熱を上げられる経験が僕と生身の女性を繋ぐ最後の生命線だと思った。

 

 他人を満足させながら、自分の身体を客観的に見ることが出来る場所。AV男優の募集を見たのは、風俗に行ってから11ヵ月後のことだった。



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 月曜から重い話になりました。次回の予定は、tosei0128 さんの「アルコール依存症一歩手前だった私が酒をやめた話」です。お楽しみに。