雪原まりもは異世界でホストになった

お盆休みは三途の川をわたって此岸と彼岸とが結ばれる時節です。異世界の扉が突如として大きくその口をあけ、

ごごごごごご・・・

気が付くと雪原まりもはホストクラブでアルバイトをすることになりました。

いずれ探訪のまとまった物語を書きたいと思いますが(書くのか?)、今回は備忘をかねてここに簡単な報告をしたいと思います。

 

ホストクラブはどんなところ? ―キャバクラとの対比―

まりもさんはキャバクラに三回しか行ったことがありませんが、ホストクラブのシステムやサービスはキャバクラと似ています。

まず似ているのは指名のシステムで、初回はフリーでキャスト(お客さんを直接接待する従業員)が交代でつき、次回から気に入ったキャストがいれば指名を入れて基本的にそのキャストとお酒を飲みながらお喋りします。初回の値段はキャバクラもホストクラブも安めに設定されていて、門戸を開いています。もちろん二度目の来店以降も指名を入れずにフリーで飲むことができます。また、チャージ料やお酒の値段もキャバクラとホストクラブとで大きな違いはないように思います。お店の雰囲気も似ています。暗めの店内に大音量の音楽が流れ、他の席の会話が聞きづらいようになっています。

そして、どちらも疑似「恋愛」を売っています。つまり、指名を入れて、特定のキャストとお店の中で個人的な関係を持つことを楽しみます。ただし、一対一で話すことよりも、ヘルプといってお酒をつくったりテーブルをきれいにしたりするキャストが一、二人付き、数人で会話を盛り上げることが多いです。

そういうわけで、男性の客を女性のキャストがもてなすのがキャバクラ、女性の客を男性のキャストがもてなすのがホストクラブと言っていいでしょう。そして、キャバクラが女性性を男性に、ホストクラブが男性性を女性に売る場所だと言っていいでしょう。普段の生活で得られない「たくさんの異性からちやほやされ、その中から自由にお気に入りを選べる」経験ができるのがキャバクラでありホストクラブです。

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違うところは、キャバクラは接待目的で職場の人間関係がそのまま持ち込まれることがありますが、ホストクラブは数人で利用する場合もプライベートな友人関係だという点です。ホストクラブを職場の同僚や部下と一緒に利用することはまずないでしょう。つまり、キャバクラではキャストを会話の「華」として利用することがあるのに対して、ホストクラブはあくまでキャストとの関係を楽しむ「恋愛」要素が強いのです。

これと関連して、キャバクラで大きなお金が落ちるのは接待目的の集団利用であるのに対し、ホストクラブで大きなお金が落ちるのは女性客個人が指名したキャストのためにシャンパンに代表される高額(数万から百万以上)のお酒を店内で購入するときです。シャンパンコールというダンスがあり、テーブルに高額ボトルが入ったときは従業員が一丸となってその場を盛り上げます。そして、その日一番の売り上げを達成したキャストは閉店前に独唱する等、店全体から称賛されます。この、女性が自分のお金でキャストをバックアップできるというところにホストクラブのエンターテインメントの最大の仕掛けがあります。これはキャバクラには存在しない仕組みです。

もちろんキャバクラのキャストにはまって大金を使う男性客も多く存在します。しかし、そうした男性客を狙った高額ボトルやそれを盛り上げるための演出はなされません。キャバクラとホストクラブとを単純なジェンダー反転とはみなせません。男性は公、女性は私という規範については、両者はむしろ一貫しています。

客層にも微妙な違いがあります。キャバクラを利用するのはサラリーマンが多く、あまり堂々とは言いにくいけれども成人男性の典型的な夜遊びの手段として知られています。対してホストクラブは、キャバクラと同じ仕事が終わる時間帯の営業時間の一部と、深夜営業の二部とに別れます。そして、一部はサラリーウーマンや大学生などの利用が多いのに対し、二部は風俗関係や高額収入のある女性も利用し、一部より大きなお金が動く傾向にあります。つまり、一部は平均的収入のある成人女性の夜遊びの手段として利用しやすいですが、二部は時間帯も客層も異なり、そしてこの二部がホストクラブのイメージを規定しているのです。ホストクラブを扱ったコミックや小説などは大都市の二部のホストクラブを想定しているでしょう。しかし、こうした特異なイメージに引きずられすぎないほうがいいと思います。予算一万以内~多くて数万程度の、異性と飲んでお喋りするという利用がホストクラブでも大きな割合を占めるからです。

 

ホストになるってどういうこと? ―キャバクラとの相違―

今まで、キャバクラとホストクラブとを対照しながらジェンダー役割の反転を念頭にホストクラブを説明してきました。繰り返せば、客が異性を選ぶという構図は両者で共通しており、まさにこの選ぶ・選ばれる側が反転したのがキャバクラでありホストクラブだということです。

しかし、キャストとして生活しようとするとき、両者には大きな違いが現れます。そこではジェンダー役割の反転と言うより、むしろ一貫性が強調されなければなりません。

キャバクラでは、キャストは女性ですが、経営者は男性であることが多いです。対して、キャストは男性だが経営者は女性と言うホストクラブを寡聞にして知りません。これは決定的な違いです。というのも、キャストから身を立ていずれキャバクラを経営しようという女性は皆無と言ってよく、30代後半までには結婚等の理由でキャストを引退する者が多いのに対し、ホストクラブは売り上げでナンバーワンを取るなど成功したキャストがそのままホストクラブを経営し身を立てていく立身出世のサクセスストーリーが存在するのです。もちろんキャバクラでもホストクラブでも人の出入りが激しく、多くのキャストは短期やめていきます。しかし長期的にホストクラブで働く場合、売り上げがそこそこあり周囲から一目置かれるようになれば経営に参加するという選択肢がはっきり提示されます。

キャバクラでは、経営者と従業員とは雇用者と被雇用者という関係がはっきりしています。ホストクラブでは、ある意味全員が仲間であり、雇用者と被雇用者の境目があいまいです。それと同時に、いかに指名を獲得し売り上げを伸ばすかという点では全員がライバルで、それぞれに男性としての魅力を競います。それに成功すれば経営者の資格ありとなりますから、全員が自分を売り込む工夫を凝らします。

もちろんキャバクラにキャスト同士の競争が存在しないとは言いません。しかし、売り上げは店からの給与として支払われ、事業の成功という意味合いはありません。詳細はよくわかりませんが、キャバクラはキャストが雇用保険に入る(その分が給与から天引きされる)のに対し、ホストクラブは各人が個人事業主扱いになるようです。この点はむしろ性風俗のキャストと似ているでしょう。ただし、報酬の支払いは性風俗が日払いであるのに対し、ホストクラブは月払いが多く、店舗の従業員という意味合いが強められています。

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ホストクラブとキャバクラとで、キャストの仕事は大きく異なっています。もちろん、テーブルで会話を盛り上げる、身だしなみを整え、テーブルマナーや接客意識を持つことは両者とも同じであり、店で働くにあたって必要とされるスキルに違いはありません。しかし、キャバクラは店に出勤してお客がキャストを選ぶのを待てばよいのにたいし、ホストクラブは店で働くだけが仕事ではない、店にいる以外の「営業」が重要です。つまり、多くの女性と連絡先を交換し、女性のメンタルのフォローをして、自分の魅力を売り込み、その関係から自分のお店に来てもらうようにする、この努力が必要なのです。キャバクラも、お客の求めに応じてキャストが店外で会い、そのままお店に行く同伴入店は可能ですが、キャストから営業時間外で積極的に客引きをすることはないでしょう。

このため、キャバクラは「パート」的な働き方が主流であるのに対して、ホストクラブは全人格を仕事に投入していく「正社員」的な働き方が主流です。営業時間外で多くの女性と連絡を取り合い、人間関係を広げ、一緒に食事をするなど時間やお金を使うことが、お店に来てもらい自分を指名してたくさんお金を使ってもらうために必要な努力です。そしてこれができない場合、店内でたまたま気に入られて指名をもらうという可能性にあまり期待できないので、指名をもらったキャストの補助をするヘルプの地位から抜け出せないのです。キャストの働き方には、女は受動的に、男は能動的に、というジェンダーロールが一貫して存在します。

キャバクラで雇用者と被雇用者とが情緒的な絆をむすぶことはほとんどないでしょう。あくまで店という場を経営しお金を支払う側と、そこで雇用されお金を受け取る側とに分かれた関係です。対して、ホストクラブではキャストは経営者の卵でもあり、異性愛男性同士の強い連帯感、ホモソーシャルが生まれます。キャストは先輩と後輩との間で多かれ少なかれ情緒的な絆を結ぶことが常です。それができる経営者こそ有能であり、キャストも営業努力の甲斐があり、ホストクラブを成功へと導けるのです。

ホストクラブの労働環境はまさに体育会系の運動部のそれです。大きな声の挨拶、厳しい上下関係、そして徹底した実力(売上)主義です。そこは社会の通念から一つ距離を置いた、実力主義の理想を追求できる場所です。体育会系の運動部で過ごした経験はホストクラブで大いに役立つでしょう。逆に、そうした暗黙のルールを知らずにこの世界に入ろうとしても、周囲から反感を買って孤立し、長続きはできません。

 

ホストから示唆されるもの

ホストは典型的な感情労働です。相手の感情を害さないよう、同調し、共感し、話を合わせて盛り上げることが徹底されます。感情労働は女性に典型的な労働形態とされ、それが男性中心社会のために不当に評価されずにいることが指摘されて来ました。その文脈からはホストは男性性(マスキュリニティ)に対するアンチテーゼです。しかし、どうでしょうか。対人関係を主とする営業のような仕事では男性でも感情労働に従事し、そしてそこに多額の報酬が発生します。ホストもまた、女性から承認を受けることが多額の報酬として返ってきます。

また、男性集団を組織するときに感情は重要な手段です。感情を表出する技術、それをコントロールする技術、適切なときに喜び、怒るアメとムチの技術は周囲の人望を得るために必要です。また、ホストは他の風俗営業と同じく、低い階層に門戸を開いており出自で差別することはまずありません。それぞれに複雑な事情があることがお互いわかっているのです。例えばホストの重要なルールに、偶然知った他人の出自をばらさないというものがあります。したがって、ホストクラブの経営ではこうしたキャストの事情にさりげなく配慮する努力が欠かせません。従業員同士の相互扶助の絆は強く、面倒見がよいことは経営者にとって必須の資質です。

ホストの世界は非常に感情豊かなホモソーシャルの世界です。そして、それは決して覇権的な男性性と矛盾するものではないはずです。もしかしたら、従来の研究は男性性のモデルを社会的中・上流階層に求めすぎていたのかもしれません。そこでは確かに、感情労働に大きなリソースを割く必要はないことも多いでしょう。だが、それを男性性に共通する性質と見なすことはできない。ホストクラブはそれを示しているように思います。

 

最後になりましたが、志田の論説「女性の主体性に関する一考察 -「ホストクラブ」という場から 」は非常に参考になりました。ホストの世界に興味のある方は一読をおすすめします。

ただし、志田はホストを女性から男性への性的商品化という、従来のフェミニズムの視点を利用しジェンダー構造を反転させた論を展開しています。もちろんその側面は大いにあります。しかし同時に、私はホストの世界が典型的なホモソーシャルであり、むしろ男性性の王道を研究するのに適している可能性を提示したいとも思います。