瀕死状態擬似恋愛

こんにちは。紺野と申します。
ほとんどの方は初めましてだと思いますが、「サークルクラッシュ同好会」の会誌に一度載せていただきました。誤字だらけの短い文章でしたが…。

さて、簡単な自己紹介はこのあたりにしましょう。
これから私に起きた最近の出来事を記述していきます。




2018.12.9

私はドラッグストアで購入できる某カフェイン剤を大量に購入し、飲みました。
それはなぜか。
もういいかな、と思ったのです。人生。
人を殺すくらいなら、私が死んでやる、と。
ああでも、もう一度だけでもいいからあの人に会いたかったな……。

気が付いたら国立病院のICUに。ぼんやりと意識がありました。何故。最後の記憶は左手。そう、左手の指先があらぬ方向を向いて痙攣していました。あれからどれだけ時間が経ったのかはわかりません。

胃洗浄をされたようで、私の体には活性炭がこびり付いていました。尿道に挿れられたカテーテル。右足の管から出ていく血液と入っていく誰かの血液。
そう、私は毒素を減らすために人工透析を受けていたようなのです。


2018.12.10

一睡も出来ないまま朝が来ました。一昨日嘔吐しすぎたせいで喉が荒れていました。当然食事なんて摂れない状態でした。
そもそも自分の体を自分で動かすことが出来ませんでした。当たり前です。血清CKの値が3000を超えていたのですから。
ああ、生き延びてしまったのかと、絶望しました。

透析も終わったので一般病床に移りました。24時間されっぱなしの点滴のテープが痒いな、なんて思いました。生死の狭間にいたのに悠長なものです。ちなみに看護師や家族によると、私はずっとわけのわからない独り言をぶつぶつ呟いていたそうです。おそらく、他人格と会話でもしていたのでしょう。


2018.12.11

ようやく少しだけ眠れました。おはよう、と他人格に挨拶をしました。寂しい場所ですね。病院というのは。相変わらず自力で寝返りをうつことさえ出来ず、看護師さんに体を拭かれ、もはや羞恥心なんてものはなく、ただただ、死にきれなかった自分を殺したいと思いました。それはなぜか。

私には私を守る為に他者を殺そうとする人格がいます。それが生まれたのは、おそらく幼少期のトラウマが関係しているのでしょう。
「殺される前に殺さなければ」「でも殺したくない」「殺したら俺は‘アレ’と同じになってしまう」
そう泣き叫ぶ人格に私はそっと囁くのです。

「じゃあ誰かを殺してしまう前に死んでしまおうよ」と。


夜、眠れずに思考に耽っていると、ふと、会いたいな、と思いました。ある人に。
そうだ、私はあの人に会いたくて、助けを呼んで病院に来たんだ。その時確かに死にたくないと思った、そうだった、そうだった……。
これが擬似恋愛でも構わない。

私は、あの人が好きだ。

会いたいと、ひとりで泣きました。


個室のロッカーを漁り、メモ帳とボールペンを見つけました。
○○さんに会いたい、と何度も書きました。そうでなければこんな犯罪者予備軍が生きていることに耐えられなかったのです。


○○さんに、会いたい






それから、自力で体を起こせるようになったり、自分で食事を摂ることが出来るようになったり、歩けるようになったりと、徐々に回復していきました。血清CKの値も少しずつですが下がっていきました。現在は退院して、スローペースで生活を送っています。


○○さんに会いたい

○○さんに

○○さんに


これが擬似恋愛だとしても。現在の私はこの気持ちを大切にしたい。そう思うのです。
だって、その人のおかげで私は生き延びて、楽しいことや嬉しいこと、悲しいことや苦しいこと、色んなことをまた経験できる状態にあるのですから。


○○さんに会いたい

○○さんに……




Twitter:@ccccconno

人より優位に立ちたい話

こんばんは。殆どの人は初めましてかと思います。ぜろりんと申します。

私の知り合いの方は恥ずかしい自分語りなど見ずに、是非ここでUターンしていただきたく思います。

 

さて、サークルクラッシュ同好会 Advent Calendar 2018 12/12分の記事です。

 

 

 

 

一言で言ってしまえば、私はクラッシャー気質の人間である。

気質なだけであって実際に問題を起こしたことはないし事実クラッシャーでもないのだが、それでもこんなややこしい性格の女に振り回された男性は過去相当数いるはずなので、それについては申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 

 

 

感覚的には恋愛シミュレーションゲームをプレイしていると思ってもらえればいい。

こういう第一印象で、関係性で、セリフを伝えて、出かけて、フラグを立てて、好意のゲージを積み重ねていく。

しかし、ここで大事なポイントが1つあり、本気の恋愛に発展させてはいけない。

例えば付き合いたいと思わせる、告白でもされてしまったら負けである。

20年後の同窓会で、「実はあの頃お前のこと好きだったんだよね」と打ち明けられるくらいの関係性を作り上げるのが一番いい。

 

クラッシャーを自称する他の例がどのような動機で日々を過ごしクラッシュしているのかは分からないが、私の場合は他人よりも優位に立ちたいというのがある。(しかし再三言うが、私自身は気質ではあるがクラッシャーそのものではないのだ)

 

どんなに素直でない男だって、結局のところはただの友人よりも好きな女に対しての方が優しいに決まっている。

今は好きでなかったとして、その後恋人が出来ていたとして、思い出補正は強い。初恋の人とともなれば大抵人生においての重要な立ち位置にはなれるだろう。

 

そういった処世術の一種として人からの好意を集めるのが好きだ。

告白をされてはいけない理由はここにあり、振った振られた・別れた関係だと後々遺恨が残ることがあるので、私の望むところではない。

 

 

 

 

自分語りついでに今まで誰にも言えなかったことを謝罪しておこうと思う。

以上のようなマインドで生きてきた結果、友達の好きな人と仲良くなった事例も当然ある。

恋愛に興味なかった友人の、やっとできた初恋の相手に、「付き合っちゃう?(笑)」というセリフを言わせてしまった時は流石に女子社会に生きる人間としてやばいと思い、シャットダウンした。そんなこともありました、ごめんなさい。

 

でも、こうして謝りながらも、初恋に溺れていたあの子よりも私が選ばれたんだと思うと気分はいいし、生きやすい。(性根の悪さが滲み出ている)

 

 

 

以上で自分語りは終了です。

この記事だけを読むといろんな男性を引っ掛けて遊び回っているかのように思えるのですが、この記事で割愛した重要な要素として、私自身が非常にチョロく・惚れっぽく・勘違いしやすいということがあります。

 

だからぜろりんはクラッシャーにはなり得ないのだ。

本能のラプソディ -踊り続けた「私」と、踊れなかったキプラと(自己語り版)

()こんにちは、キプラと申します。

突然ですが、今から私のセクシャリティーと、それにまつわる体験と思索について書きます。

初めはリアルで出会った方にも、キプラとして出会った方にも受け入れやすそうな八方美人な論説文を目指して書いていましたが、いつの間にか投稿今日だし、もう疲れたのでやめました。思ったこと適当に書かせてください。分かりにくかったらごめんなさい。

ネット上で見られる珍しいタイプの性の体験談としてかなり貴重な資料になってくれればと願っています。

(※私自身の性への見方を多少押し殺して分かりやすさを重視した文章にはしました。だから些細な表現を持ってこられて「この見方は……」と言われても困る、のかなあ。むしろ楽しい気もするなあ)

 

未完成ですごめんなさい

 


私には何かが足りていない。そう薄々感じ始めたのは、中学生活のちょうど中盤の頃だと思います。

確信というほどではなかったように思います。ただ、どうも美学(のようなもの)が足りない。この時期になればみなが当然のように持っているある美学への自覚が、あまりにも、ない。そう感じるようになっていました。

今思うと、それは、性の美学でした。

今でも私にはあまり理解できてはいませんが、私(シスジェンダー男性です)の周囲の多くの男子達は、その性の美学で女性性を表象する身体の造形美を語り合い、絆を深めていたように思えます。しかし一方では、その美学をもって男性の身体の造形美に触れることをタブー視し、あるいは茶化すことも、コミュニケーションの大切な一部分として自然に受け入れているようでした。

私には、その気持ちがまるで分かりませんでした。

確かに人間の身体には、かっこいい、かわいいという概念をあてはめうる。しかし、それにしても、これは少々過激すぎるのではないか。なぜみな、狂気とすら思えるこの感情に、疑問なく身を委ねているのだろう。性の美学を知らない私にはそう思えて、それに気持ち悪さや嫌悪感、恐怖すら感じていたのでした。

最初の転機が訪れたのは、恐らく14歳の後半か15歳はじめ頃のことです。

そのころ、自分が時折激しい衝動を伴って行う妙な快感を伴う行為がマスターベーションと呼ばれるものであること。恐らくそれと密接に関わる感情として性欲があり、彼らの美学はそれが由来なのであろうことに徐々に気づき始めました。

そして合点が行きました。ああ、そうか。これが彼らの「美学」か。

先ほど書いたように、この知見を得る前から、私にはすでに友人たちのその美学への執着にそこそこの嫌悪感を抱いていましたし、(今では申し訳なく感じますが)たまにそれを表明することもありました。

そんな中で得た、本能としての「性欲」という概念——私には理解できず、友人たちには分かるあの特異な美学を説明しうる概念——は、当時の私の、友人たちの態度への嫌悪感に根拠を与えたように感じたのだろうと思います。

しかし、ここまできてもなお、私は自分のそういう美学の欠如をセクシャリティーの問題として捉えることはありませんでした。しかし、高校生活が始まってから、その状況が大きく一変します。

 

 2

高校入学直後。そのころから、自分がその美学を持たないことを「性の問題」として激しく意識化するようになりました。

きっかけはあまり覚えていませんが、自分の性の美学の特異なあり方を自覚し始めた、というのが大きな原因になっているのではないかと思います。

分かる人にとって分かりやすく言うならば、これまで用いてきた性の美学とは、「性的指向/嗜好(と、それに基づく個人の社会的な言動)」に近いでしょう。私はいわば、自分の性的指向/嗜好について、他人とは違うことを明確に意識し始めたのです。

その後高2中盤までは、ひたすら自分の性について調査する期間でした。その中で私が最も辛かったのが、私を「指す」単語を探す旅路があまりにも長かったことです。

まず、当時すでに知っていたLGBTという単語は、私に当てはまるものではなかったのです。これだけでも相当辛かったと記憶しています。当時のネットの言説の大部分を占めていた「理想化されたLとGとBとT」の話は、私に共感できるものでは全くなかったのです。

その後半年以上かけて「Asexual」という単語に辿り着いた時には「これだ」と思ったものですが、当時のインターネット上にはなぜか「Asexualかどうかは25歳くらいまで待ってから判断しましょう」だの「病院で聞きましょう」だの「性的な空想を一切しない(これは何がおかしいの?と言われそう、という意味で誤解の恐れのある表現なのですが……)」だのといった言説がAsexualという世界の真理であるかのようにはびこっており、私のような「(やばめな)性的嗜好持ち」の(現在ではこういう言い方はしないが当時はこう思っていた)医者嫌い高校生はご丁寧につまみ出されてしまったのでした。

現在の状況を踏まえても、この当時が私が自分の性に最も悩んでいた時期であると言えます。

ところで私は、男子の割合が非常に多い運動部に所属していたのですが、そこでの人間関係が、時々極端にきつく感じられることがありました。

というのも、その部の中での雑談・語りは、中学での思い出として前述したような造形美への語りが引き継がれた場でもあったのです。その語りは、中学当時の友人のそれほど「条件反射」的なものには見えませんでした。が、その分、高校の部活の友人は、直接的な性的な話のほか、好きな女優の話などを好んでしたどころか、あろうことか私にも半強制的にそれを求めてきたのでした。男性なら誰でも(十分に人間的な(1))女子に性的魅力を感じるかのように。性愛への欲求が人間の「本能」であるかのように。

その部活は間違いなくいい部活でした。とてもいい思い出が多く残っています。が、こういう話をされるときに限ってはとにかく辛かったし、今でもそのせいで当時の友人と関わるときは、そういう話になってしまいそうだと感じるととっさに緊張してしまう自分がいます。

また、私は同時に「オタク」という存在が苦手でした。これには私が中学から引き継いだ性嫌悪傾向の影響もあると思われますが、オタク達は、自分の性愛のあり方を仲間内で隠さない集団であり、そのホモソーシャル性なども含め、いかがわしい存在であると感じていました。

その後考え方がアップデートされ、オタクの世界の中でも割とコアな集団に入り込んだ現在はそうは思っていないつもりですが、この時醸成した考え方は、今でもよく私の思索を呪縛するものとなっています。

それはともかく、私は高校生活の中で「私」をなんとか演じ切りました。性的な話や「オタク」が嫌いな「私」を。それでも異性愛者である(という暗黙の了解の上に成立している)「私」を——。

性愛を「本能」として受け入れる「私」を。

 3.

やば。これから予定入ってんのにもう時間30分もない。途中ですが急いでまとめます。すっげー雑になるけどごめんね★

「私」を演じる——大学に入っても、そこで出会った大勢の友人の中ではその本質は変わりません。それはクローゼットの運命なのかもしれません。

その一方で私は、その「私」に反駁する人格としての「キプラ」を、ここ数ヶ月で急速に築き上げることになりました。例えばキプラに準ずる名前で関西クィア映画祭などに関わったほか、セクマイ関連の様々なイベントに参加させて頂きました。それらはとてもいい経験になりました。

しかしそれ以上に、その過程の中で得た知見がキプラにとって重要なものでした。

中学生の頃、性欲という概念を理解し、それを友人らの「美学」への嫌悪感の根拠にした「私」。誰もが性的な話が大好きで、しかもその対象は男性なら※1のような存在であるという規範を無意識に私にも強要した高校の部活の友人たち。そしてそういう存在や、オタクを含めたホモソーシャル的なものを過度に嫌った「私」。

端的に言えば、その誰もが、私という存在を受容しうるものではないことに気づいたのでした。

性嫌悪持ちの私、「Asexual的」な私、珍しい(もっと言えばやや反倫理的な)性的嗜好を持った存在としての私。それは中学・高校時代、友人への反発の中で形成された「私」によってむしろ否定されるものであると考えるようになったのでした。

そして、そんな「私」に反発したのが、今の私のHNであるキプラでした。

先ほどから出している「本能」という言葉は、キプラが、「私」とその過去の友人(特に部活の友人)の態度を同時批判することを自分の中で説明するのに用いた言葉でした。

「私」や(私から見た)中高時代に出会った多くの他者(この語りに出てこない存在も含めて)にとって、性愛とは「本能」でした。本能であるがゆえに、強く、暴力的で忌々しく、それでありながら自然で神聖な感情のエッセンスそのものでした。

だからテレビや友人たちはそれに(ある意味感情の最高法規としての)普遍性を無意識のうちに見出し(ているように見えた)、「私」はその暴力性から(特に男性の)それを忌み嫌うことを正当化したのでした。

キプラはここ数か月、私の中で、そのような発想に反発する存在として確立していきました。反発せざるを得ませんでした。もし性愛がその意味で「本能」なら、私ほどの危険分子は存在しないから。健全に人を愛さないくせに、その「本能」は倫理的でないからです。

今のところ、キプラの中での性とは、強い感情、行動への強い原動力でありながら、「ただそれだけの」存在です。キプラは性の感情を、強い憧れや、悔しい気持ち、他の様々な感情表現と変わらず表現されるものとしてみなしています。

私はいまでも、自分の性的なアイデンティティーを表現する名前を持ちません。そんな私を、キプラは、ある意味で反社会的な存在として現前させる存在です。(実はそもそも、そういう「名づけ」へのこだわりも昔ほどはないのですが、それはまた別の話。)

だから表現の機会を得たキプラは今、こうしてこの文章を書いています。まだ割とクローゼットなので、私の全てを言うことはできませんが、こんな残念な倒錯者の手記として。その倒錯が「本能」であることを否定するものの自分語りとして。「本能」の倒錯者ではなく、感情の倒錯を引き受けた人間の手記として。

性という本能を踊り続けた「私」からはみ出た、踊れなかったキプラの手記として。

そんなキプラは、私の中でこれからどういう存在になっていくのだろう。今ではそれを楽しみにすらしています。

 

うわ分かりにくいしそうじゃない、あー不完全燃焼だ……

 

ごめん、もう時間ない。このまま出します。マジでごめん。もっと早く用意すればよかった。

 

次回はおぎありさんです。

 

※1 説明が難しいが、性的、あるいは恋愛対象として一般的に考えられている「女性」像を表していると考えてほしい。自我を持った成人女性はおよそ当てはまるが、キャラクター的なものだと人によってはそう考えない人もいるとか……そういう感じ。

サークルクラッシュ同好会の内部対立

主張

サークルクラッシュ同好会は、内部対立を積極的にネタ化し、外部へ発信したほうが良いと思う。

 

自己紹介やサークラとの関わり

 はじめまして。アドベントカレンダーの6日目を担当させて頂くダブル手帳(@double_techou)と申します。自分語りは大好きで、文学フリマで自伝を出すことを目標にするほどですが、今日はその話はしません。ブログの方にしこたま書いておりますので、よろしければご覧下さい。

 

double-techou.hatenablog.com

 

 ここで私とサークルクラッシュ同好会(以下サークラ)の関係性について述べます。私は元々サークラのグループラインには加入していたものの、会誌を買うだけで例会には参加したことが無い幽霊会員でした。ここ数ヵ月、会誌に寄稿したりホリィ・セン氏が関係するイベントに参加したりNFでサークラの売り子をしたりする中でサークラ会員の方々と交流する機会が増えましたが、殆ど部外者みたいなものであることは変わりません。従って、決してサークラの内部事情に精通しているわけではないという前提を踏まえた上で本稿をお読み下さい。

冒頭の主張に至った経緯

  私はこれまでサークラを、誰にとっても居心地の良い、一種の理想郷として崇め奉ってきました。会誌七号に寄稿した文章もその前提に立って書きました。例会にも参加したことのない私がそのように考えるようになったのは、会誌三号のべとりん氏の論考*1に強く影響されたためです。この論考のうち感銘を受けた部分を雑に要約し、私なりに解釈すると次のようになります。つまり、「サークルクラッシュ」という本来否定的な概念を愛好し、研究するという会の定義により、サークラ内で起きるあらゆる対立、トラブル、勢力争いといった事象―これらは通常のサークルにおいては忌避されるものである―は、全てサークルクラッシュ研究のための貴重なケーススタディと見做され、むしろ積極的に推奨されることになる。言い換えれば、どんなゴタゴタが起ころうがそれは否定的な意味合いを帯びず、最後はメタ、ネタに回収されるという安心感がある。そういう優れた仕組みがあるからこそ、人間関係に苦手意識や困難を抱える多様な人達が安心して集まりコミュニケーションできる居場所となるのだ……

 この言説は私自身の事例に照らしてもとても説得力があります。そもそも、私のような既卒社会人でかつ身体障害・発達障害を持ち、コミュニケーションも苦手で未だかつていかなる集団にも馴染めたことの無いような人間が、母校ですらない大学のサークルに出入りするなど本来有り得ないことです。それが安心して行えるのは、上述の仕組みによって「まあサークラなら多少場違いな奴が来て粗相をしてもネタに回収してくれるだろう」という信頼感が醸成されているからに他なりません。

 ところがサークラ会員の人達と話してみると、実際はそうした理想の通りにはなっていないということが分かってきました。具体的に言えば、「コミュ力」の有無、「モテ」「非モテ」、関心分野の違い、精神障害の有無、「メンヘラ芸」への賛否等の様々な対立軸による分断から、果ては属人的な派閥争いまで、数多くの軋轢がありしばしば険悪な雰囲気になるというのです。私はそれを聞いて不思議に思いました。何故なら、その存在意義や会の趣旨に照らして考えればサークラ会員の属性、性格、価値観が多様なのは当たり前の事なのに、会員同士が互いの差異をネガティブに捉え、それが原因で本気で(プロレス的にではなく)いがみ合うのは本末転倒だからです。

 もちろん、サークラといえども人間が集まる以上、時には小競り合いが起きるのも仕方ないかもしれません。ただ、前述したように内部対立すらネタ化することで一種のプロレスのようなものに無害化できてしまうのがサークラの強みのはずです。ところが会員の人達から一様に返って来たのは「とてもネタになんかできない」という答えでした。

 私はこの「内部対立をネタにできない(=対立をネタにすることがタブー視される空気)」というのは、サークラの意義を八割方失わせかねない致命的な(対立が起こること自体やその内容などよりもはるかに大きな)問題であると考えます。何故なら、ネタが無いところにメタも無く、メタが無いところにベタも無いからです。もう少し分かりやすく説明しましょう。内部対立をネタにすることを許さないということは、問題を俯瞰的に(メタ的に)捉えるのを許さないということに繋がります。トラブルをメタ的に語ることで問題を外在化するという仕組みが働かなくなるということです。そうするとトラブルはそのまま当事者間にしこりとして残り続けることになり、プロレスではない本気の憎み合いを生み出します。そしてその影響は周囲にも伝染します。トラブルがプロレスとして無害化されずにガチの対立として残り続けるとなれば、会員は些細なトラブルすら起こさないようにするため、常に自分の言動を厳しく制限しなければならなくなります。これは、コミュニケーションや精神状態に不安を抱えている人からすれば極めて窮屈な状態です。そうした窮屈さを嫌ってサークラに来たのに、そこでもまた同様の窮屈さを強いられるとなれば、人々は離れていくでしょう。多様な人々が伸び伸び過ごせる居場所としての機能ももはや失われてしまうのです。天才ホリィ・セン氏が作ったサークラという神懸かり的に素晴らしい装置も、使い方次第ではその意義を無にしてしまいかねません。

どうすれば良いのか

 ではどうすれば良いのでしょうか。私はなにも「トラブルが起こる度に『ラッキー!』と唱えよう!」とか、そんな自己啓発本みたいな主張をする気はありません。

  一番理想的なのは、内部対立から一定の距離を保ちつつサークラにある程度コミットしている人*2 が、会誌やこのアドベントカレンダーなどの公式コンテンツの場に、内部対立をガンガンネタにして書いていくことです。 そうすると、「人が真剣に揉めているのにネタにするな!」と怒る人が出て来るかもしれませんが、そういった短期的なコンフリクトは全て無視してどんどんやっていったら良いと思います*3サークラにおいては、どんな対立であっても、ネタ化されないという特権を持たない筈だからです。そもそもサークラ自体が他団体、他サークルの揉め事を事例研究という形でメタ化・ネタ化しているのに、自団体の揉め事をメタ化・ネタ化することができないとすればそれは完全な自己矛盾であり、FAKE団体の誹りを免れないでしょう。従って、サークラがその分析の刃を自団体に向ける(=自分語りをする)のは良いことであり、必要・必然とすら言えます。

 ここで、いくつか補足しておきたいことがあります。まず、内部対立をネタにするとは言っても、媒体は何でも良いわけではなく、あくまでサークラの公式コンテンツ上で表現することが必須になります。これは、団体としてのサークラが団体としてのサークラを語るという自己言及性を生むために必要なことです。これをもし個人のSNS上などに書くと、どれだけ質の高い内容であっても個人間の悪口・喧嘩に堕してしまいます。また、公式コンテンツ上で発表するとなれば、書き手の方にも、一定の公平性、論理性、エンターテイメント性を確保することでただの悪口とは一線を画そうという心理が働きます。

 また、内部対立をネタにする書き手はある程度その内部対立から距離を取っていることが望ましいと述べましたが、それはそのほうが心理的に書きやすいだろうというだけで、絶対条件ではありません。そもそも、サークラの活動にある程度コミットしている時点で、どの派閥にも与せず完全に公平な立場でいるというのは難しいでしょう。どうしても書き手のバイアスが入ると思います。でもそれで全然構いません。大事なのは客観的に語っているという体裁です。例えば、同じ会誌に載っている二つの論考があり、両者はサークラ内の特定の同じトラブルについて客観的に記述しているように見える…… ところが注意深く読んでいくと、あくまで客観的な記述を装いつつ、一方はK派、一方はC派の立場から書かれており*4、微妙に食い違っている…… どちらが正しいのかは誰にも分からない…… これはこれで羅生門みたいで面白いと思うんですがどうでしょうか? 対立状態にある二者間の認知のずれを研究することでサークルクラッシュの貴重なケーススタディにもなりますし良いことづくめです。この試みによって軋轢が生じたらそれもまたネタになりますから本当に捨てるところがありません。エコです。

 私みたいな半部外者からすれば、サークルクラッシュ同好会自身の「自分語り」をもっと聞きたいのです。自分語りとは自らの中にあるものを解釈し、再構成し、一つのストーリーとして外部に放つことです。その作業が今一番必要なのはサークルクラッシュ同好会という団体自身なのかもしれません。

 団体にとっての自分語りとは、即ち歴史を紡ぐ行為に他なりません。何号か忘れましたが、ホリィ・セン氏が会誌にサークラ年表を載せていたことがありました。個人的にはあれの戦史版が読みたいです。サークラも今年で七年目ですから膨大な内部対立を繰り返してきた筈です。さながら銀河英雄伝説のような読み応えのある軍記物語になるでしょう。そしてそれはこれからも常に更新され、紡がれ続けるのです。それでこそ、会員がいつか流した涙、いつか反響した怒声、誰かが誰かに向けた悪意の切先、ざらついた感情の残滓、そういった全てのものたちが、あるべき場所を与えられて静かに溶けていくでしょう。願わくば、私もまたその一部になれたらと思います。

*1:べとりん, 2014,「Twitterサークルについての考察(サークラ同好会バージョン)」サークラ会誌三号

*2:私でも良いのですが、仕事の都合上例会に頻繁には行けないため、もっと深くコミットして内部情報を掴める人の方が適任だと思います。

*3:許可なく実名を出さない等一定の配慮は必要だと思いますが。

*4:アルファベットに深い意味はなく、ケンタッキーフライドチキンが食べたいなとふと思ったのでKとCにしました(大嘘)。

サークルクラッシュ同好会はお前を救わない

1、まえがきと保身と本日のラインナップ


 初めまして。ピチピチフレッシュな学部一回生にして新歓でサークラに入ったやべーやつ(自称)の、「なんたい(@nnnantai)」と申している者です。この度はサークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー2018の5日目にて文章を寄稿させていただけることになりました。このような機会を作っていただきありがとうございます。よろしくお願いします。

adventar.org


 最初に断っておきたいのですが、僕は昔から本を読まない気質であり、またこうやって文章を書くのも初めて*1なので、日々のTwitterで鍛えた文章力と語彙力をフル稼働させてかろうじて言葉を紡いでいる状態です*2。読みづらい点が多々あるかと思いますが、暖かい気持ちで見て頂けるとありがたいです。精進します。

 さて、今回のテーマが「自分語り」とのことだったので、漠然とした自分の現状の生き方みたいな話とサークルクラッシュ同好会とを絡めたことを書いていきたいと思っています。いつの間にか猫の話とかしてたらすみません。


 ところでもうすぐクリスマスですね。クリスマスといえば、去年投稿された動画でとても好きなものがありまして。昨年ブームになったGetting Over ItというゲームのVOICEROIDによる実況動画なのですが、実況内容がゲームと全く関係がない雑談なので、少々長いですがよければご視聴ください。

 

 前置きが長くなりました。それでは、自分語り劇場のはじまりはじまり。


2、僕は僕を救わない


 自分で言うのも違うような気もしますが、あえて言うなら、僕はかなり”強者”であると自覚しています。

 それは例えば、教育や教養に投資できるだけの余裕のある円満な家庭に生まれたことであったり、マイナス評価を受けないレベルの顔をしていることであったり、浪人こそしましたが京都大学に入れるだけの学力を身につけられたことであったり、友人をそれなりに持っていることであったり、彼女がいたことであったり、最低限のコミュニケーションに困らないことであったり*3、極度なマイナス思考でないことであったり、メンタルが比較的安定していることであったり、ストレスで眠れなかったり吐いたりなどの症状がないことであったり、死にたいと思わず生きていることであったり。そういうコンプレックスを抱えがちなことを、拗らせずにここまで生きてこられた。

 絶対的な尺度ではそうなのでしょう。それでも、どこか満ち足りないのです。もちろん、「自分は満ち足りた人間だ」とは誰も思わない、ということは理解していますが、それでも、誰と比べても劣っているという感覚を持たずにはいられないのです。

 イケてる人にも、大学に入っても一層勉学に熱を注いでいる人にも、たくさんの友人と遊んでいる人にも、うまく話で場を作れる人にも、嫉妬します。僕もそうなりたかった。僕はそれ程までになれなかった。

 あるいは、家庭が不安定な人や、メンタルが弱くてよく病んでいる人や、リスカをしている人や、死にたいと思っている人に対しても、劣等感を抱きます。僕はそれらを抱えたらきっと上手く生きていけない。彼らは強くて賢くて優しくて、だからこそ苦しむのだろう、それに比べて僕は。

 そして、それらの満ち足りなさの全ては「努力不足ですね!」という言葉に収束します。つまり、「そう出来たはずなのにそうしなかったお前が悪い、お前の責任だ!」という内なる声こそが、僕の最大最悪の劣等感なのです。内なる声は僕を責めます。彼ほどイケてないと言ってるけど、お前はファッションや髪型について調べたりしたのか?彼女は賢くて羨ましいなんて言うけど、彼女が読書していた時間にお前は何をしてたんだ?あの人が眠れなくなるほど病む案件を、お前は寝る前でさえ少しも考えなかったじゃないか。

 僕はその声をすべて聞き流して、今日も嫉妬に苛まれます。


3、世界は僕を救わない

 

 自分で自分を満足させられない僕は、いつからか漠然と世界とか環境とかそういうものに救いを求めるようになりました。ある日美少女が降ってこないかな、みたいな夢物語から、有名大学に入って授業を受けていればモチベーションになるものが見つかる、とか、インカレサークルに入っておけば女子と交流も出来るしワンチャンもあるかもしれない、などの打算的なものまで、自分で自分を変える代わりに世界に自分を変えさせたいと願ってきました。

 しかし、思ったようにはいきませんでした。ある意味で”無目的に”そこに存在しているだけの人間に成り下がってしまったのです。そんな場所で何かを得られるはずもなく、何に対してもだんだんとやる気がなくなっていきました。

 結局、このアンチ努力人間は、環境が変わろうが世界が変わろうが、何も為すことはありませんでした。何も為さず、何も成長せず、ただ劣等感をぶくぶくと太らせ続けるだけでした。

 もしも神様がいたとしても、これだけ持って生まれた上で何もせず、資産を享受して人生を浪費する僕を救うことは決してないでしょう。力を持っていないながら努力して何かを勝ち得た人や、あるいは才能を活用して日々を生きている人の方が、遥かに偉大で守られるべき存在だと思います。

 でも、やっぱり救われないという確信は苦しくて、「救われたい!誰か助けて!」と願うのです。願うだけならタダなので。


4、サークルクラッシュ同好会は君を救わない?

 

 「助けない。君が勝手に助かるだけさ。」とは、小説「化物語」に登場する忍野メメというキャラクターの台詞です。彼は主人公たちに幾度も協力しながらそう言います。別に、助けることが出来なかった時に責任逃れをするための免罪符ではありません。これは、助けを求める人が必死に助かろうとしてその結果助かるだけであって、彼のしていることは力添えに過ぎない、という話です。「僕は鉛筆に助けてもらってこの問題が解けた」なんてことを考えないのと一緒です。確かに鉛筆がなければ答えは提出できませんが、問題を考え解いたのはその人間ですから、それは「人間が問題を解いた」とだけ言って差し支えないでしょう。

 サークルクラッシュ同好会はどうでしょうか。運営側からはよく「居場所をつくりたい」とか「サークル不適合者の最後の砦」みたいなことを聞くような気がします。「自助団体」なんて言葉も耳にします。そして、その考えに賛同してかしないでか、この団体は多くの会員を抱えています。

 「しかし、それらの言葉とは裏腹に、サークラ同は誰も救いません。救われたさでここに来た人々が、勝手に救われるだけなのです。サークラ同はただそれに場所と文脈を与えるだけです。」

 

 …みたいな感じの話も悪くないですね。実際それは誰かにとって正しいかもしれない。しかし、少なくとも僕にとっては、正しくありませんでした。僕はサークルクラッシュ同好会で救われることはありませんでした。

 だって僕はそもそも「救われるための努力をしていない」のですから。

 救われようとしない人に差し伸べられる手はありません。助かろうとしない人を助ける方法はありません。きっと僕は僕を救う何かを探してここに来たと思うけれども、なんと無力なことでしょう、サークルクラッシュ同好会はこんなにも苦しんでいるこの僕を救うことは出来なかった!というのがこの自分語りのオチです。誰も幸せになれないバッドエンドのなかにこの話は終わっていきます。

 けれど不満がある訳ではないです。だってそれは単に僕が救われようとしなかっただけだから。苦しさに目を瞑ってでも頑張ることを避けて、「お前の努力不足ですね!」という心の声から耳を背ける、そういう生き方の方が僕には楽に思えているのでしょう。

 さて、タイトルを回収しましょう。貴方ならどうでしょうか。何かに救われる覚悟はありますか?それとも、自分の”努力不足”を正当化して、「救われたいな。にゃーん。」とうわ言のように繰り返しますか?

 僕は楽な方を選べばいいと思います。


5、あとがきと所感と次回予告

 ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。後味が悪くて性格の悪さを前面に出した文章になってしまってすみません。書いてて楽しかったです!!(クソ)

 自己肯定感が3ミリしかないので、正負問わず反応を頂けると泣いて喜びます。信者になるかもしれません。狂信者を味方につけたい人は僕のTwitterアカウントにDMなどでコメントと「いついつに食事行きませんか?」って感じのお誘いをくださると幸いです。

 

 明日はダブル手帳さんです。よろしくお願いします。

*1:大学のレポート以外で長文を書いたのは高校の読書感想文か委員会資料以来だと思います。

*2:ちなみに、アドベントカレンダーと紐づけられているアカウントは、一時期使おうと思ったけど面倒になって放置しているアカウントです。ログインはしているのでDMやリプの対応は可能です。

*3:ハードルをかなり低めに設定しています。今後僕と話す機会がある人は注意してください。

「雪原まりも」プロジェクト - 2日目

こんにちは。雪原まりもです。

われながらださいタイトル*1で、これだけで読むのをやめるひとがたくさんいそうです。でもはじめに思いついたのはもっとださいタイトル(残酷な男子のテーゼ)で、そのあと思いついたのはさらにださいタイトル(雪原まりも育成計画)でした。

 

ぼくの本名をローマ表記してそれを並べ替えた「yukiharamarimo」を見いだしたのはたしか大学3年生の頃でした。これはぼくにとってとても思い入れの深い名前です。当時のぼくは心身ともにゾンビのようでした。授業に行かず、風呂に入らず、髪はぼさぼさ、部屋はぐちゃぐちゃでした。

いまだから多少整理して物事を話せるのですが、ぼくは大学にあまりに期待することが大きく、そして大学生活をある程度謳歌するために必要な心のバランス感覚を欠いていたのです。教育に力を入れる家庭だったので、ぼくは「難しいことを理解する」ことに異常に執着するようになり、大学は「ますます難しいことをもっともっと理解する」場所であると心の底から決めていました。しかも、ぼくは中高時代からあまりにバランス感覚を欠いた勉強(鯨が魚なら馬刺しも刺身だと思い込むくらい欠いていました)をしていたせいで浪人しており、心中に「一年出遅れた」焦りを滾らせていました。大学の授業では知的刺激をまったく満たすことができなかったので、ぼくはいつしか図書館と下宿を往復運動しながらヘロインのように難しい書物を摂取する廃人と成り果ててしまったのでした。

さらに病的なことに、ぼくは誰よりも勉強している大学生中の大学生であるとあまりにもナチュラルに思い込んでいたので、両親はもちろん、大学のほぼすべての友人に対して「授業に真面目に出ている」顔をしていました。当人にまったく隠すところがないので、周りも「ほんとうに授業に出ているのか?」と探りをいれることはしなかったのでしょう。

そのときなのです。難しい本を摂取しすぎてタールのようにどろどろになったぼくの脳味噌から見出されたひとつの人格こそ「雪原まりも」でした。雪原まりもはその美しい瞳で打ちひしがれたぼくを勇気づけ、くじけそうなぼくを甘い声で癒し、本まみれの下宿でひとりぼっちのぼくをあたたかな両手で抱きしめてくれました。こうしてぼくは雪原まりもに恋をしました。雪原まりもはけっしてぼくのことを裏切らない。いつもそばにいて、いつもぼくの見方で、そしてだれよりもぼくを知っている永遠のパートナー。

 

えらい哲学者も言っています。汝自身を知れ。他者とは汝自身なり。

 

真剣な話、自分自身を一人の異性として愛することはできるのでしょうか。あるいは、自分自身を性的対象にすることは。自分自身と思いをとげることは?

「雪原まりも」は、このプロジェクトにつけられた名前なのです。

 

…まあ、おちついて考えてみようか。常識的な質問をするよ。概念としての「雪原まりも」はわかった。でもそれを実現するのはおまえの身体だ。そうだね?

「雪原まりも」は足をくんでぼくと差向いに座りながら、いかにも不思議な生物だといった風情でぼくの心身を一瞥した。

そのとおりです。ぼくは答える。

例えば、自分の描く理想の女性像であれば、それはあんたとちがっていて当たり前だ。それはユニコーンのようなフィクションだからね。でもそうじゃない。わたしには現実の、名指し、触れ、鏡に映る肉体がある。

そのとおりです。その身体には血が流れ、温もりがあり、歩き、話し、笑い、涙を流します。

「雪原まりも」はそこで一筋の涙を流した。

この涙は「雪原まりも」の涙なのか?

そうです。キーボードを打ちながらぼくも涙を流す。

「雪原まりも」は結局、度外れたナルシストということになる?

ある意味では。「雪原まりも」は意図的に、巧妙に自分を騙しながら自己愛を煽っていると思う。その仕掛けを煎じ詰めれば、ぼくは見る自分、あなたは見られる自分ということになります。

ふうん。能動態の自分と、受動態の自分を分けるということだね。

そうです。主語の自分から、目的語の自分を分けるのです。形而上学的な主体は決して視野の中には入りません。「雪原まりも」を見て、愉しんでいるのです。

愉しむというのは、性的な意味で?

そうです。それでなければほんとうにただのナルシストで、「雪原まりも」の意味がない。ナルシストは自分で自分を消費したりしないでしょう。

「雪原まりも」は苦笑した。その話はどのくらい真に受ければいいのかな?

そこそこ真に受けてもらって構いません。ぼくは鏡に映るあなたの容姿が好きです。顔も体格も好みです。なんなら、あなたがオナニーする姿を動画にとってオナニーしますよ。

それはすごい。「雪原まりも」はちょっと絶句した。

でも、それだけではありません。「雪原まりも」にはもう一つの役割があります。それは、非モテのぼくをちょっと冷めた目で描き出すことです。物書きとしての「雪原まりも」の処女作は、勉強しかとりえのない非モテが不器用な恋愛に振り回される悲哀を描くものでした(「すばらしさとうつくしさの感情について」サークルクラッシュ同好会会誌2号掲載)。

あれは『こころ』を下敷きにした…

下敷きにしたけど、描いたものはぼくでしょ?

ま、まあね。

ぼくは女性と話すと緊張するし、自信をもって性的にアプローチすることができない。でも性的なことに興味がある。その板挟みを「雪原まりも」は異性の視点でもってくみ取って作品の形に表現できます。

結果的に、非モテであることに開き直ってない?

どう小手先を取り繕っても、ぼくは本質的に異性が苦手ながり勉で、それを克服することはできないだろうと思っています。

へえ。でも、それだけじゃないでしょ?

口もとに笑みをのこしたまま「雪原まりも」はまぶたを閉じた。

 

そう、まさに、それだけではないのです。ぼくは意図的に、「雪原まりも」を、男らしさからおりる道具として使ってきました。男として成長する過程でぼくはたくさんの下駄(男性特権)をはいており、公正で平等な社会を実現するためには男性ひとりひとりがその下駄に気づいてそれを自発的に解体し、権力を放棄し、強者の地位を降りなくてはならない。それが男性の行うことのできる正しい社会運動の形であるということは、その手の勉強をした人なら(同意や実践をするかはおいて)常識でしょう。男性特権には以下のようなものがあります。

・学歴。男の方が高い学歴を期待され、多くの教育投資を受ける傾向にあります。

・職業。男の方が高い給料を得、大きな責任を負う傾向にあります。

・自己主張。男は自分の意見を主張し、相手の意見を否定する、非共感的なコミュニケーションを取る傾向にあります。不満を物理的な暴力で表現し、相手を支配する傾向にあります。

・特権意識。男はコミュニティで注目され、配慮され、気づかわれるのが当然だと思う傾向にあります。

・空間。男は大きな声で、より広い空間を占有する言動をする傾向にあります。

・性。男はセックスにおける身体的な負担が少なく、育児負担も少ない傾向にあります。自分の性的欲求を満たすために女性の身体を直接的に、あるいは性的表現を通して間接的に利用する傾向にあります。

これらの傾向は、生理的なものもありますが、多くはみんながそうしていて、それを当たり前と思っているからです。したがって、一人一人が以下のような実践をすることで解消することが可能です。

・学歴競争から降りる(男性以外の属性の者に譲る)。必要以上に高い学歴や資格を求めない。

・高い給料や地位、大きな責任を求める競争から降りる。必要以上に給料や地位を求めない。

・意見の主張や相手の意見の否定を控え、共感的なコミュニケーションを心がけ、不満を自分で解決する能力を高め、相手を操作するのを避ける。

・コミュニティで相手を評価し、配慮を求めず、発言や言動で自分の影響が大きくならないようにする。相手が話しているときに割って入らない。

・声を小さくし、穏やかに話し、荒っぽい大きな身振りの言動を控える。座るときに足を広げたり伸ばしたりしない。

・セックスで女性に負担をかけすぎない。避妊に協力し、挿入を求めない。オナニーを活用し、女性を直接的に消費する性風俗よりは間接的に消費するものに変え、可能なら性的対象を男性にも分散する。育児や家事を当然行うこととしてとらえる。

もちろん以上のような努力は、今まで男性が行ってきたことを、女性をはじめとする男性以外の属性の者が積極的に担っていくだろうという期待や予測をある程度前提することになります。その上で、ぼくとしては上記のことを(育児以外は)そこそこ実践してみました。それらの全てに同意や納得をしているかというと、そういうわけではないのですが。「雪原まりも」という男らしさを消した名前は、こうした実践に都合がよかったのです。

 

ではこうした実践によって「男らしさ」の呪縛から逃れ、生きやすくなったかといえば全然そういうことはないです。そんなうまい話はどこにもありません。ぼくがこれを実践できたのは、それによって得るものがあったからです。一つは女装、一つは瞑想です。

実は「女装」というのは語弊があって、ぼくはいつも「男装」しているつもりでした。ぼくがやりたかったのは、男でも着られる婦人服はたくさんあるし、それを着ている自分を見るのが楽しかったし、ようするに似合う服があるから着たい、紳士服が小柄なぼくでは格好がつかない分、婦人服に似合うものがあることがわかったという、そういうことなのです。とはいえ一年以上試行錯誤すると、本業で女性をやっている方からいろいろご教示を受けたこともあり、そこそこ磨きがかかってしまったのは事実です。公共施設で男性トイレに入るのがきつい…もちろん男にこういう格好をする人が一定数いることが常識になるかもしれないのでぼくは男性トイレに入りますが。

そしてもう一つの瞑想ですが、実は、上記の実践は「出家」と相性がいいのです。ぼくがやったことは、男性性の解体というよりは、社会から距離を置くことでした。だいたい、自分には特権があるのではないか、それはやましいことではないか、という感性は宗教と相性がよい。ただ、ぼくは宗教の提示する(救済や解脱のような)世界観は、もちろんそれなりに学び理解はしますけれども、その枠組みのなかに入ることはありませんでした。ぼくに必要だったのは「じっとしていること」、瞑想というかたちで心身の「定点」をつくることで、心身の動きを観察し相対化する技術を確保することでした。じっとしていればたいていの競争から降りることになるし、主張もしないし、場所もとらないし、暴飲暴食を避け禁欲的な生活を送るようになるでしょう。でもそれは方法論であって、それに反してはならないわけではないし、罰があるわけでもないんですよね。

 

「雪原まりも」プロジェクトとは何だったのか?

それは女装や瞑想によるストレスコーピングで性欲を自己完結させ、社会や他者と一定の距離を取る「自己のテクノロジー」、狡猾な自閉のプロジェクトだったのでしょうか。その指摘はある程度当たっていると思います。ぼくには、他者を個人として尊重し対等な人間関係を第一とする社会において、各人が広大な自己の中に閉じこもることは一つの回答であり帰結のように思われるのです。

 

ようやく結論らしきものが出ました。「雪原まりも」はゆっくりとまぶたを開ける。ぼくもまぶたを開けます。まぶしい。

*1:ちょうどさっき聞いてきたアボガドロ国際プロジェクトから着想したものです

-サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー2018が始まります- 1日目:「二重整形したけど今こういう気持ちです」

こんばんは、サークルクラッシュ同好会で会誌編集やアプリ開発などをしている桐生あんずです。

まずは、サークラ同好会会員たち*1が「自分語り」をテーマにして毎日交代でブログを更新する企画として始まった「サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー2017」の記事を去年読んでいただいた皆様方、ありがとうございました。

一部の層の方々から好評だった模様で、しばらくの間はサークラ同好会の話を外部の人にすると高確率で「ああ、あのブログが面白いやつですね」と反応をいただくことが度々ありました。本当に嬉しかったです。

筆者側として参加した方々からも「書いてよかったです」と私に話してくださる人もいて、やって良かったな〜という気持ちになりました。

といったような、素敵な余韻を残すことができたので今年もサークルクラッシュ同好会アドベントカレンダーをやることになりました。今年も錚々たるメンツが毎日ブログを投稿してくださるようです。 

adventar.org

 

0,前置き

今年はどんな自分語りをしようかな〜という感じなんですが、実は前置きというか、もうこれがメインでよくない?というような記事を先月に既に書いてしまっているのです。

kiryuanzu.hatenablog.com

上記の記事では、簡単に要約すると「化粧にめちゃくちゃハマったので色々やってみた」という記事なのですが、なぜハマったかというと先日二重整形したんですよね。

自分の中では一大事件だったので、サークラアドベントカレンダー1日目で大発表〜!!!という目論見がありました。

しかし、リンク先の記事にも書かれているように「周りの人からしたらどうでもいいことやんけ、もったいぶらなくてええわ」という気持ちになってきて、化粧への熱意を込めて5時間くらいで書いたら1日で3万PVを得るという大承認が発生しました。良い話ですね。アフィリエイトはやってないので収入は0です。

 

「人からしたらどうでもええやろ」と思ってたのですが、整形の話を公表し始めたら「二重整形に興味があるからどこでやったか聞かせてほしい」という質問がリアルでもネットでもそこそこの数が来てちょっとびっくりしました。

世の中の人ってめっちゃ整形に興味あるんですね。整形の話がきっかけで、インターネットで知り合った女子大生からDMがきて代々木駅前のPRONTで突発オフ会をするみたいなこともありました。楽しかったです。

 

あと、これは軽率に言うべきことか難しいのですが、整形の話を相談してくださる方々は男女問わず、整形前のすっぴんの自分よりもかなり素敵な顔立ちの方ばかりで、「整形しなくても本当にお綺麗ですよ」とつい言ってしまいそうになります。

でも、自分が納得いかないとやっぱり辛いんですよね。私も内心そう思っていたから整形したのだろうし。

もし、好きな人や仲のいい友達に整形の話をしたとして、「今のままがいいよ」と言ってくる人より「君がそうしたいならそうした方がいい」と言ってくれる人の方が付き合いやすいなあ、って私は思います。

 

という感じで、今回は、「二重整形したけど今こういう気持ちです」という題でお送ります。例年通りここからは常体文です。

 

 

「二重整形したけど今こういう気持ちです」

1,思い立った日

「あー、なんか、気分が良くなることしたいな。よし、二重整形するか〜。」と2018年10月頃急に思い立った。

色々ストレス解消の手段はあったと思うのだが、なぜこのタイミングになって二重整形したい気持ちにさせられたのかは実は今でもうまく言語化できないでいる。その時期に誰かに「ブス」とストレートに言われたわけでもなかったと思うし。

ただ、自分の一重まぶたに対するモヤモヤはずっと抱えていたと思う。

毎日アイプチとアイテープをやるのが怠いのと、親以外の人にすっぴんを人に見せるのが嫌なこと、どんなに化粧を頑張っても薄化粧に見えて化粧していることに気づいてもらえないこと。

その時期は、大学に通いながらバイトに行き、個人でもイベント企画をすることになったことでそこそこ忙しくなり、なんとなくフラストレーションも溜まり始めてのだと思う。

そんな気持ちだったからこそ、思い切れたのかもしれない。意欲が冷めないうちに早速行動に移すことにし、気になる病院にカウンセリング予約をし始めた。

2,一重まぶたと中高生活

病院に行く話をする前に、ちょっと過去の話をさせてくれ。すぐに終わるので。なぜ私がここまで二重であることにこだわり続けている原点はそもそもどこにあるのか。

ベタベタな話なんだけど、暗黒のすっぴん時代の中学・高校生活におけるものである。あるあるすぎてしょうもないと思う。

 

具体的なエピソードを一つ上げておくと、中学3年ぐらいの時にそこそこ好きな男の子がいた。

私の当時の見た目は、一重まぶた、おまけにネトゲのやりすぎで中学生女子の平均体重+3kg増えていたため、顔もふっくらしていたしまぶたの脂肪も現在よりも厚めだったと思う。(文章化すると当時の記憶が思い出されてきてとても辛い)

そんな見た目だったせいで、その好きな男の子に「平安美人*2」というあだ名でからかわれて、多分100回ぐらい言われていたと思う。

平安美人って目が細くて太り気味の中学生女子がつけられるあだ名ナンバーワンだと思うんですけど、安易に「平安美人って現代だとブスなんですよ〜笑」とか授業で面白おかしく説明されるとこういった地獄が多発するので、国語の先生と社会の先生は覚えておいてください。当時の国語教師許さん。

とは言いつつも、ひどいあだ名でからかわれても構ってもらえることが嬉しくて卒業時までずっと好きだった覚えがある。悲しすぎる。げんしけん2代目の矢島の過去エピソードでこういう話ありましたね。

これは、サークラ同好会の文脈で言うと、クラッシュされる側の「くらっしゃられ」な側だと思うんですが、残念ながら高校時代でも似たような話がある。

 

高3の時にも、ちょっとだけ気になる男の子がいた。倫理の時に毎回ちょっかいを出してくる運動部の男の子で、相変わらず私はいじられる側だったのだが、嫌な構われ方ではなく不思議と嬉しかった。

卒業前に気持ちがそこそこ抑え切れなくなってきた辺りで、ついに友達に「気になっている人がいる」と打ち明けると、「○○くん、2年の時から付き合ってる子いるよ」という情報を提供してもらい私の淡い恋愛模様は即終了した。

その彼女は、外国人のような顔立ちでぱっちり二重の美人な女の子だった。あと吹奏楽部で、当時、様々な理由で高校の吹奏楽部の人間たちに対して憎しみを持っていたので更に吹奏楽部が憎くなってしまった。今では響け!ユーフォニアムのおかげで吹奏楽部というコンテンツ自体は大好きです。

そのちょっと好きだった男の子に、好みの女の子のタイプの話をされたことがあったのだが「北欧系の外国人の美女と付き合いたいから絶対留学する!!」と嬉しそうに言っていて、面白かったけれど「ああ、そういう顔が好きなんだな〜」と完全に恋愛感情は喪ってしまった。

 

ちなみに、最初に紹介した中学時代の男の子はそこそこモテていて、彼を好きな女子の1人にも、二重まぶたの綺麗な可愛い女の子がいた。

その男の子は誰に告白されても断る人間だったので、その可愛い女の子も彼に告白した際は玉砕してしまったのだが、「あんなに可愛いのになんで断るんだろう」と当時はすごく思っていた記憶がある。

結局私も彼女も振られてしまったので一応同じ土台に立っているのだが、彼女の方が本当に綺麗だし、羨ましいなあという気持ちで心の中で見ていた部分はあったと思う。

ちなみにその彼女とは今でも親交があるのだが、もちろん中学時代より更に綺麗になっている。住む場所も違うし、会えることは少ないのだけれど素敵な友達だなあとずっと感じている。

 

なんとなくだけれどこのような中高時代の経験が積み重なっていったことで、「二重の綺麗な可愛い女の子」に対して羨望の眼差しを募らせていき、自分の一重まぶたへのコンプレックスがどんどん深まっていったのだと思う。

つまり、「自分には手に入らないもの」の象徴の一つとなっていたのだ。

 

3,そんなわけで、二重整形手術しました

時は今に戻る。正直中高生時代のことはもうどうでもいいけど、私は今とにかく二重整形がしたいのだ。

そのような固い意思を持ったまま、まずは共○美容外科にカウンセリングに行った。施術代は他の病院よりも比較的安く、そうであっても安すぎない料金設定といった絶妙なバランスだったため、興味を惹かれたのだ。

ただ、カウンセリングをする中で、話の中に適当さが見られるのと「湘○の手術はダメだけど、ここのやり方は正しいから」といったような、営業のセールストークとしては割と微妙な印象を抱くタイプの話をしてきたため不信感が出てきてしまった。

その後もその病院のネットの評判を細かく見たけどやっぱりう〜んとなってしまい、別の病院に行った。

最終的に、○塚美容外科が一番好印象だったので、そこのブリリアントフォーエバー二重整形術(約15万)にした。どうでもいいけど、なぜ美容外科は二重整形の施術名に「フォーエバー」をつけまくるのだろう。

ちなみに、整形する話は母親に最初したのだが、私の親世代のテンプレ反応で「そんなのダメよ!!!」の一点張りだった。

結局父親にも相談して決めるとのことだったのだが、父親の方は意外とドライで「本人がコンプレックスにしてるんならやったらいいんじゃない」という意見で、母親もそれをすんなり受け入れて、最終的には母親が私が二重整形することになぜかワクワクしまくっていた。

術後には、「目の写真見せて!!!!」と1週間ぐらい言い続けてきて、そのたびLINEで写真を送るようになっていた。いかにも自分の母親っぽい行動だなあと思った。

ちなみに父親は私のインターネットウォッチをしているのでもちろんこの記事も見ていると思う。めちゃくちゃ恥ずかしいのでこの記事の感想はよこさなくてマジで大丈夫です。

 

二重整形をした人ならわかるかもしれないのだが、病院の人たちは整形に対して本当にあっさりしているし、パリピや性格のキツそうな女性の従業員が多いので会話が微妙に噛み合わなくてちょっと怖い。

こっちは割と一大事件なのでかなり緊張しているのだが、医師や従業員たちはさっさと手術を終わらせて他の客の相手をする必要があるので、麻酔をされて10分ほどでサッサとまぶたを縫われてすぐに帰らされる。これだけで15万なので、美容外科はめちゃくちゃ儲かっていると思う。

そんなこんなで二重になった。でも、術後はめっちゃ腫れていて「なんだこのガチャピンは」と言いそうになった。二重整形後はみんなそうなるようだ。

初日、2日目はそこそこ腫れて割としんどかったのだが、麻酔に極小針を使ってもらったおかげか、腫れは日が経つうちにすぐにおさまり、メイクがどんどん楽しくなっていった。鏡で二重になった自分の顔を見るのがすごく嬉しかった。

これは15万の価値あるぞ〜〜!と一人でめちゃくちゃ盛り上がりながら家でずっとメイクをしまくっていた。

 

4,今とまとめ

二重整形をして3週間ぐらい経った。

最初の1~2週間はいろんな人から「綺麗な二重になったね〜」と言われて、大承認〜!!!という感じだったんですが、3週目に突入すると慣れてきてただの自分の顔の一部というだけになってくる。当たり前の話だけど、二重になったからといって超絶美少女に生まれ変わるわけでもないので、自分の顔の中の気になるパーツが新しく可視化されてくる。

だけど、しばらく整形はいいかなあという感じになっている。

あまりたくさんお金を使うのは本来好きではないし、顔を変えまくったところで私にとって大きな幸福が得られるわけでもないことに気付いたからだ。化粧の手間が大幅に省けたので、バイトに出勤する前に以前より30分ほど長く睡眠が取れる程度の幸福は得られているけれど。

 

大学2~3回生のうちだったらまた違ったのかもしれない。

5回生になってエンジニアのアルバイトを始めたり、Web業界の人たちと何かするようになってからは、「どうしたらもっと人とうまく対話できるだろうか」とか、「仕事上のコミュニケーションをうまくやるためにはこういうところに気を付けなきゃだなあ」といった、自分の行動面の問題改善についてばかり目を向けるようになっていて、見た目へのコンプレックスをいちいち気にする暇が割と無くなっていることに最近気づいた。

見た目のことを考えるよりも、頑張りたいこと、楽しいことが増えたのだと思う。

 

今回二重整形したのは、過去の自分の残滓が何かを訴えてきているのを感じつつ、「アイプチ毎日するのだるくてコスパ悪いし、今はお金も貯まってるしサクッとやっちゃおうか」と軽く考えられる今の自分がいたからこそ、行えたことなのかもしれない。

見た目のこと気にしなくなってたらしなくても良いんじゃ、と感じる人もいると思うのだが、化粧にめんどくさい工程を挟む必要がなくなって朝にたくさんの睡眠を取れるのは最高の気分だし、色々なことに疲れたな〜と思った時に、ふと普段と違った化粧をして雰囲気の変わった顔の自分を見るのはストレス解消になる。

だから、してよかったと思う。人生を楽しくする方法が今より少しだけ増えたのだ。

 

そういうわけなので、二重整形はオススメです。読んでいただきありがとうございました。

 

 

*1:会員ではない人も寄稿している

*2:一重まぶたでしもぶくれという容姿が平安時代では美しいとされていたが、現代では不美人と扱われがちとよくネタにされている