舞鶴にて

この記事は、サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダーの14日目として書かれています。

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 「こじらせ」とは何か。
とりあえずここでは、「ひとたび克服すると、それが何であったのかが分からなくなってしまう何か」とだけ言っておこう。

 

いや、本当に分からないのだ。10年前の私は、確かに間違いなくこじらせていた。おそらく5年前の今日の時点でもまだ、こじらせていたはずだ。だが、それを克服――というと、それが悪いものであったかのような物言いで、語弊があるのだけれど――してしまった今となっては、それが何であったのか、どうしても思い出せないのである。

 

だから、これから私は、私がこじらせていたことを思い出すために、明らかにそれと分かるような、ある体験を振り返ってみることにしよう。それを終えた後で、私の「こじらせ」が一体何であったのかを、改めて考えて見ることにしたい。

 

なお、私については、この記事の上では匿名とさせていただきたい。これから語る私の体験が、誰との関係において生じたのかを見抜いてしまう関係者が現れる可能性を、少しでも狭めるためである。もう10年以上も前の話になるので、時効だとは思うし、そもそも私は罪を問われるようなことは何もしていないのだが、やはり嘘がバレるのは、私にとってはとても恥ずかしいことなのだから。

 

これは、もう10年以上も前の話になる。まずは、そこにいたる経緯について、お話しておこう。

 

監獄のような6年間の男子校生活を終えた後に、日本でも有数の難関国立大学に入学した私は、まさにこの世の春を謳歌していた。6年間の男子校生活は相応にストレスフルだったものの、その代価として、最良の成功体験(現役での大学合格)を手にすることが出来た私は、大学に入るまで大きな挫折を経験することもなく、「自分が本気を出せば不可能なことなど何もない」と本気で思っていた。受験勉強以外に、ほとんど何もしてこなかったのに、である。


たった一度の成功体験で全能感を得ることができるのだから、狭い世界で生きているという状態とはなんと幸福で、恐ろしいものであろうか。そんな私が、大学生活で失敗し、挫折を味わったことは、全くもって当然の帰結であったといえよう。

 

入試の合格という目標を達成した私の次なる目的は、生涯の伴侶となるような、アイドルのように可愛く、少年漫画のヒロインのように愛嬌があり、アニメのヒロインのように男の子の趣味に理解があり、自分と同じぐらい賢い、自分の人生のヒロインを見つけることだった。もちろん、当時の私の主観的な世界をそのまま書いている。

 

大学に入学してから、まず私は軽音サークルに入った。しかし、いくつかの小さいな失敗を経験したのと、あまり同サークルの雰囲気になじむことができなかったことから、
夏休みになる頃にはそのサークルを辞めていた。そもそも、前述したような世界観を持っていた私が、チームワークを重視するバンド活動などできるわけもなく、サークルのメンバーたちには本当に多くのヒンシュクを与えたことと思う。もっとも、人は私が思っているほど私のことを気にしてはいないということも、今の私は理解しているつもりである。

 

軽音サークルで自分の思い通りにいかなかったことを、軽音サークルの騒々しい雰囲気に嫌気が差したという事情に脳内変換していた私は、次は落ち着いた集団に所属しようと思い、大学のとある文化系サークルに入った。そのサークルの中心で、一回生にして輝きを放っていたのが「彼女」だった。つまり私は、生涯の伴侶となるような、アイドルのように可愛く、少年漫画のヒロインのように優しく、アニメのヒロインのように男の子の趣味に理解があり、自分と同じぐらい賢い、自分の人生のヒロインと、早くも出会ってしまったのだ。

 

私は彼女に対してはほとんど一目惚れだったのだが、NFでの企画の準備を共にする中で、ますますいっそう彼女のことを好きになっていった。私は、彼女を自分の恋人にしたいという欲求を抑えることができなくなっていた。しかし、それまでネット以外ではほとんどまともに女性と接したことがなかったので、彼女を恋人にするために何をしたら良いのか、どのような手順を踏めば良いのかが、まるで分からなかった。

 

もっとも、依然として、例の全能感を抱えていた私は、とりあえず告白すれば何とかなるだろうとでも思ったのか、まだ二人でいっしょに遊ぶことすら一度もしていないにもかかわらず、ある日突然、何の脈絡もなく、メールで彼女に告白をした(当時はまだ、SNSなどは存在せず、リアル以外でコミュニケ―ションを取るとしたらメールか電話が中心だった)。今から思えば、あまりにも無謀で、しかも最悪の形での告白である。メールには、「これから春休みで、当分会えなくなるだろうから、想いを伝えておかなければ…」といった内容を書いた記憶がある。何を言っているのか、全く意味が分からない。

 

告白の結果については、書くまでもないだろう。それが私の人生における、最初の失恋であった。

 

しかし、ここからが私のおかしなところだと思うのだが、そのとき、なんと私は、まだそれを失恋だと捉えきれていなかった。フラれてから初めて、男の友人の助言を仰いだ私は、二人で何度か遊ぶ前に告白をすることや、告白をメールですることは、告白の形式としては最悪に近いものであることを教わった。だから、フラれたのは告白の形式がまずかっただけで、しっかりとステップを踏んでから、あるべき方法で告白をし直せば、今度は彼女と付き合えると思ったのだ。今から思えば途方もなく見当違いな思い込みだが、おそらくまだ、例の「自分が本気を出せば不可能なことは何もない」という全能感が、かなり揺らぎつつも、まだ残っていたのだろう。

 

だから私は、春休みの間に、彼女と二人で遊ぼうとしたのだが、なかなか思い通りに予定が合わなかったりしたことを覚えている。その理由が分かったのは、春休みが終わる頃、私が大学生として二回目の四月を迎えた頃であった。彼女から、彼女が私とは違う別の男性と付き合うことになったという主旨の報告メールが届いたからである。その瞬間、私の頭が目の前の現実を私に見せることを危険であると判断したのか、視界がやたらとチカチカしたことを覚えている。何か、良くないものが下から上へとこみ上げてきた。


このとき、私の世界は、あの幸福な全能感と共に、音を立てて静かに崩れ去った。


それから数日後、大学二回生としての私の一年が始まった。この一年は、私にとっては辛い期間だった。二回生になった私は、彼女と同様にサークルの中心になったので、彼女とはそれまでと同じように共同作業をしなければならなかった。しかし、私は相も変わらず最初の告白への見当違いな後悔を抱えていて、また、彼女が彼氏のものになってゆくことを想像してしまうのが苦痛で仕方なかった。そして、どうして彼女は私を選ばなかったのか、その理由をただひたすら考え続けていた。要するに、私はまだ、彼女のことがどうしようもなく好きだったのだ。
             
だから、彼女とはできるだけ接したくはなかったのだが、サークル活動の都合上、それを避けることはできなかった。当時の私にできることといえば、せいぜい彼女が彼氏からプレゼントされた指輪を嵌めているかどうかを日々観察し、彼氏との関係が上手くいっているのかを推測することぐらいであった(余談だが、このときの経験から、女性の左手の薬指を常に観察する癖がついてしまった)。私は、彼女に少しでも良いところを見せることだけを考えて、サークル活動に精を出した。

 

この一年間は、当時の私としてはよく頑張っていたのではないかと思う。しかし、人生で二回目のNF企画を終えた私の精神状態は、すでに限界に達していた。そんな私に追い打ちをかけるような季節がやってきた。今さらだが、NFとはNovemberFestival(11月祭)の略なので、その後にくるのは当然のことながら12月であり、クリスマスである。

 

彼女に妄執していた当時の私にとって、その年のクリスマスは、まず第一に、「彼女が彼氏と過ごす初めてのクリスマス」であった。それに対して、彼女のことが依然として好きだった私は、当然のことながら恋人などはおらず、一人でクリスマスを過ごすことが決定していた。しかも、幸か不幸か(少なくともこのときは不幸だったが)、クリスマスは私の誕生日でもあった。実家暮らしだった私は、例年のように、20歳の誕生日を家族に祝ってもらう予定であった。

 

しかし、恋人と二人でクリスマスを過ごす彼女に対して、20歳になってもまだ親に誕生日を祝われている私は、あまりにも惨めであった。少なくとも当時の私には、自分が惨めに思えて仕方なかったのだ。私は、少しでも現実に抗うために、また自分も少しでも大人の階段を登ろうとして、12月の24日から25日にかけて、ちょっとした一人旅に出ることにした。

 

行先は、京都府日本海側に位置する、舞鶴である。12月の終わり頃の舞鶴であれば、もう雪が降っているかもしれないし、そうでなくても、どこか色彩を欠いた日本海の港町で独り海を眺めれば、彼女を想う自分に浸れるとでも思ったのだろうか。いや、単純に、彼女が彼氏と過ごすクリスマスを、自宅で家族と過ごす普通の状態で耐えることができなかったのかもしれない。

 

とにかく、そのようなよく分からないナルシズムに突き動かされた私は、半ば舞鶴日本海に近いビジネスホテルを予約し、JRの普通列車に乗り、数時間かけて北へと向かった。午後には舞鶴に着いた私は、引き揚げの史跡や赤煉瓦倉庫を見た後、ぼろい安宿の一室のベッドに寝転んだ。

 

ここで、暗い日本海でも眺めながら、一人で彼女への想いを募らせておけば、まだ格好も付いたろうにと思う。しかし、あろうことか私は、クリスマスの夜に、彼氏と二人で過ごしているであろう彼女に対して、自分がいま、舞鶴に独りで居るというメールを送ってしまった。


さすがの私も、彼氏との逢瀬を邪魔しようなどと思ったわけでなかったと信じたい。おそらく当時の私は、彼女に対して、私も私なりに大人になっているのだということをアピールしたかったのではないか。現在の私からしたら、なぜそのようなオウンゴールをわざわざ蹴り込みに行くのか、全く持って理解しかねるが。あるいは、いきなり冬の舞鶴に行くという無茶を報告することで、彼女の気を少しでも引きたかったのかもしれない。いや、もっと単純に、僕はいつものように、彼女からのメールが欲しかったのだろう。

 

それにしても、クリスマスに彼氏と過ごしている最中に、突然、以前フッた男友達から、唐突に「舞鶴にいる」というメールを受け取れば、女性はどう思うだろうか。ふつうであれば、気持ち悪さに怖気が走るところだろうし、良くても、開いた瞬間に無かったことにされるのが関の山である。

 

しかし、彼女は本当に優しかった。程なくして、私が舞鶴にいることに驚き、心配する返事をくれたのだ。私は、自分の愚行を恥じると同時に、ほんの少しだけ、幸せを得ることができた。そうして僕は、記念すべき20歳の瞬間を、独りで迎えたのであった――

 

 


さて、前置きが非常に長くなってしまい申し訳ないのだが、ここからが私の「こじらせ」にまつわるエピソードの本題である。

 

実は、このクリスマスのエピソードの中には、一つだけ、実際には無かったことが含まれている。つまり、私の嘘が含まれているのだ。いや、実際に誰かにこの当時の話を語るときは、本当にこの通りに語ってしまうことがあるので、嘘というよりも偽記憶に近いのかもしれないが、たしかに、私は実際にはそんなことはしていなかった。

 

まず、誕生日について。話を盛るために、誕生日がクリスマスと被っているという設定を付けたのかと思われるかもしれないが、これは本当である。クリスマスと誕生日が重なると、幸せも孤独も二倍になるということを、私はこの身を持って学んだ。

 

次に、メールについて。いくらなんでも、そんな自分勝手なメールに、しかもクリスマスに彼女が返信してくれるわけがないし、返信が来るにしてももっと冷たい内容だろうと思われるかもしれない。しかし、メールを返してくれたことも、彼女がくれたメールの内容も、事実である。彼女は本当に本当に良い子であった。そのことを確認して、私が少し幸せな気持ちになったことも含めて、本当である。

 

だから、私がメールを書いたことも、その内容が「舞鶴に居る」という報告であったことも、芋づる式に事実ということになる。もちろん、私がメールに込めていた意図も、想いも。ただし、私は、このメールを、ビジネスホテルの一室ではなく、京都市内の某ネットカフェの一室で書いていた。

 

 




つまり、私は、本当は、舞鶴になど行ってはいなかったのだ。

 

 



以上が、私の「こじらせ」に関するエピソードである。前置きが異様に長かった割に、本題は短くてがっかりさせてしまったかもしれない。だから、その後、私がどうなったのかについて、ごく簡単にではあるが、触れておきたいと思う。

 

まず、その翌年の春に、風の噂で、彼女が例の彼氏と別れたことを知った。だから、私は再びメールで、彼女に告白をした。しかし、上述のような虚飾にまみれた私が、
彼女の「一番」になれるわけもなく、当然のことながら、再び今度は前回よりもはっきりと、私は彼女にフラれた。それによって、ようやく私は、彼女とは今回の人生においては絶対に付き合えないであろうことを悟った。ちなみに私は、今も昔も、輪廻転生を信じてはいない。

 

そして、私はこの二回目の失恋をきっかけに、サークルから失踪した。いま思えば、これも彼女に自分のことを考えて欲しかったからな気もするし、あるいは彼女へのあてつけだったのかもしれない。いずれにせよ、私という人間は本当に度し難い存在なのだ。
本当は、ほとぼりが冷めてから、サークルにはひょっこり戻ろうとしていた気もするし、彼女以外の友人からたまに連絡も来たりしてした。だが、失踪以来、サークルの他の友人たちと会うのも気まずくなってしまい、大学構内で遠目に彼らを見かけたら、あえて別の道を通って避けたりしていた。結局、私は最後までサークルに戻ることはなかった。この気まずさの感覚は、その後何年も、私の心の奥底にずっと残り続けた。

 

それから私は、何年もの間、自分が好きな人の「一番」(=恋人)になれないという悩みに苛まれ続けた。まるで呪われているかのように、いや、呪いでも何でもなくこれは私のせいなのだが、相手を変えては、女性から交際を断られ続けるという経験を何度も何度も何度も繰り返した。

 

今も、その問題は解決しているわけではない。だが、いつからか、もう別に、相手の「一番」でなくとも構わないと思うようになった。

 

ところで、私の「こじらせ」が終わったのも、ちょうどそれぐらいだったように思う。
今の私は、あの20歳の頃の私から、どう変わったのだろうか。

 

念のため言っておくと、今の私の視点から見れば、そんな状況で日本海に一人旅に出ようとすること自体、あまりにも「痛い」と言わざるを得ない。もう本当に意味が分からない。が、そのような加齢にともなう価値観の変化は、ここでは重要ではないだろう。

 

あの日、私は舞鶴にいるはずだった。しかし、現実には、私はネットカフェにいた。いまの私は、あのとき舞鶴にいたはずの自分と、ネットカフェにいた自分の、どちらなのだろうか。私の自己理解によれば、今のわたしは明らかに、あのとき「ネットカフェにいた自分」の延長線上にあると思う。というか、ほとんどそのものだ。そしてそれは、「彼女と付き合えずに終わった自分」でもある。

 

あの舞鶴にいた私は、けっきょくは幻想に終わった。私は、自分が望むような人間にはいつもなれないままだし、相手が望む自分にもなれない。でも、今の私は、そうであることを引き受けている。「受け入れている」のではなく「引き受けている」。もう、あんな酷い嘘を付くことはないだろう。


だから、最後に、私は「こじらせ」について次のように定義し直しておこう。「こじらせ」とは、「自己の『どうしようもなさ』からくる葛藤が長期化すること」である、と。



2017年12月14日 舞鶴にて






※念のために述べておくが、私は↑のような経緯で「こじらせ」を克服したという結果を述べているだけで、他の人も「こじらせ」を克服「すべき」と言っているわけでは決してない。むしろ、受け入れることができない現実/引き受けるべきではない現実は確かに存在するし、ある現実を引き受けることが可能かどうかも、その人の状況や状(病)態によって変わるはずである。
 

 

次回は、宇田川 那奈さんが記事を執筆される予定です。
お楽しみに。

circular,

(執筆:小林通天閣
 
主人公に憧れていた。中学生の頃からだ。ヘッセは本当に主人公だったろうか、1年4組のクラス文集には「1組の模範少年」という文章が載った。最初の定期試験で僕より1点高い点数を取ったサッカー部の彼は、いつも色黒の友人に囲まれ、2月には山ほどのチョコレートを受け取りながらそれをひけらかさないような人間だった。僕らのエーミールは今、お笑い芸人を目指しているらしい。勉強だけが取り柄の根暗な僕はといえば、黒ずんだ雑巾を、あるいは根に土を孕んだ丈夫な草を、色黒のスポーツ少年たちから投げつけられる日々を送っていた。
これはそんな少年の、それとは関係のないお話。
 
少年は母から障害者と呼ばれながら育つ。小学校入学から高校卒業まで一度も学校を休まなかった。学校も家も居場所ではなかった。よく泣く母は、よく叫びよく殴る母でもあった。血に汚れ歪んだ眼鏡を直しにオンデーズへ。店員はまず僕の眉間を消毒した。母の怒声は文化住宅の薄い壁を貫き、隣人の眠りを脅かした。警察はうちを何度も訪れたが、そのたび僕はにこやかに母を庇うのだった。家にはパソコンも漫画本もなく、母の教えによれば外出はやめたほうがよく、僕は母の不在にようやく目覚め、自分自身を愛し続けた。
これはそんな青年の、それとは関係のないお話。
 
気づけば京都大学にいた。親元をついに離れた僕は、手探りで何かを埋めようとする。憧れだったカラオケに行った。憧れだったパソコンを先輩から譲り受けた。XVideosは衝撃だったが、思春期を自己性愛に捧げた僕はもはやそんなものに惹かれなかった。青年は恋愛を試み、アームカットエスエスブロンを覚えた。とっくに学校には行けなくなっていた。18年間持て余し続けた快と不快と不可解は、こんなふうにしてようやく両手に収まり始めた。僕はセックスをする人間になったし、ならなくてもよかった。ただ母を求めていたし、今もきっとそうなのだと思う。
これは可愛いみどり児の、それとは関係のないお話。
 
みどり児は新しい母の手を引く。出掛ける母の足を引く。酒を飲んではその顔を打ち、首を絞め、そして失恋をする。何も分からなくなっていた。言葉を尽くしても分かり合えない。信じれば裏切られるし、信じられれば裏切ってしまう。僕は自分を責め、去った母をその倍責めた。死ぬこともできたのに死ななかった。死ぬことはできなかったが死ぬべきだった。母の残影を多くの女性に求めた僕は、多くの女性を傷つけながら、彷徨い歩いて今に至る。
これはそんな主人公の、それとは関係のないお話。
 
不可逆な時間軸を辿りながら、僕たちは可逆なるものの幻影を見出そうとする。僕たちが安心を求めて夢想する円環状の日常に、無慈悲な楔が突き立てられる。大切にしていたブレスレットもいつかは壊れる。通い慣れた店にはシャッターが下りる。恋人はきっと去り、もはや友人は遠くの誰かと笑い合い、愛憎むかうところの肉親は必ず死ぬ。日常モノの漫画は最終回を迎える、その時、日常のベールが後ろから引き剥がされる。じゃーん、実は全部不可逆でした。取り返しなんてつきませんよ。ストーリーというのは幻視される可逆と直視すべき不可逆との連鎖だ。僕たちは此岸から彼岸へと至るその縞模様の上を無邪気に歩く。
 
今日も今日とて京都タワー。高い建物が好きだ、夜闇に鮮明な白、ひとつまみ赤めいて、京都タワーはどう見てもラブホテルだ、僕はラブホテルが好きだし、将来はお城に住みたい。
 
これはそんなお話。
 
circular, circular, circular,
 
誰も遠くに行かないで。僕を絵本に閉じ込めていて。

不登校を選んだ僕と学校に所属し続けた君たち

こんにちは。サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー11日目担当の藍鼠(@indigo_mou5e)といいます。投稿遅れてすいません。。。
中盤くらいならそれまでの流れを真似ることができる上に、なおかつトリのような重要度もないと思って11日目に登録したのですが、これまでの記事見てみると良い文章ばかりで恐縮してしまいますね。まあやっていきましょう。やっていく他ないので。

 

人に言うと自分の中でそういうキャラが固定化してしまいそうなのであまり積極的に語ることはしないのですが、僕は小学5年生~中学3年生までの結構長い間、不登校生活をしていました。ある意味で拗らせとも言えそうな(ホンマか?)期間とその影響について語ろうと思います。

 

小学4年生までの僕のクラスでの位置づけは面白くて優しく社交的な人間というものでした。当時からマイペースなところはあったのですが、”変”ではなく”面白い”行動としてとられていたようです。

小学5年の春、クラス替えがあり、いじめが少しずつ起こりはじめました。あまり内容は覚えてないのですが、上履きを僕に取らせずにパスしあって最終的にゴミ箱に捨てるみたいなことがあったような気がします。クラス替えから1ヶ月も経たないうちに不登校に突入したのであまりエスカレートはしてなかったと思います。それでも僕は4月のうちに根を上げ、風呂の中で過呼吸になり、心配した親は次の日僕に「そんなに辛いなら今日は休んでもいい」と言いました。

その言葉が衝撃的だった覚えがあります。子供は学校には必ず行かなければならないし、休んでもいいのは病気にかかったときだけだと思っていました。

結局僕はその日学校を休みました。次の日はまた学校に行ったのですが、それから1~2週間行ったり行かなかったりという日が続き、最終的には全く行かなくなりました。

学校を休んで半年~1年くらいの間は自分がいじめられる環境に赴くのが嫌で休んでいたと思うのですが、6年生になった頃にはどちらかというと不登校になった人間として奇異の目で見られるのが怖くて学校に行きたくなくなっていたように思います。

何より、不登校を続けても周りの大人は「学校には行ったほうがよいが無理に行く必要はない」程度のことしか言わず、怒ることすらしなかったので僕の中で「子供は学校に行かなければいけない」という宗教的教義が完全に崩壊したのが大きいです。行かなくても制裁がないなら無理に行く必要はない。(わざわざ生活を大きく変えるのは)ダルいし。僕の小6~中3夏(全体の7割程度)の不登校はそのような考えが基盤にありました。

今考えると(少なくとも僕の場合は)不登校は何も特別なことではなく、授業をサボる大学生と同じようなありふれた思考によって生まれたのだなと思います。小学生は何の問題もないのに学校に行かないということはあってはならないし、もし不登校なんてしてしまえば何らかの制裁があると信じて学校に行くことを選択しているんですね。宗教と同じ構造で面白いと思います。

実際僕の妹と弟は二人とも小学校でトラブルがあった際不登校を選択していますし、たぶん不登校を実際に行った僕と周りの大人の反応を見て信心がぶっ壊れたんだと思います。

 

話を元に戻しましょう。不登校時代に学校から離れて自分なりの価値観を育てた、みたいな流れを期待されるかもしれませんがそんなことはなく、不登校時代はただただ自堕落に過ごしてました(独自の価値観の形成は浪人時代まで待たれることになります)。TVゲームは下校時間まで許可されなかったのでインターネット(なぜか許可された)でyoutube2chまとめサイトやゲーム攻略サイトなどを巡り、夕方からはゲーム、ときどき親に病院に連れて行かれるので仕方なくついていくという感じです。病院は仕方なくという感じでしたが、病院で紹介されたスポーツ療法は不登校だったり特別支援学級に通っていたりする子と交流できたのでとても楽しかったです。「自分は不登校だ、だから普通じゃない、だから普通の子とは馴染めない」と思っていた(と推定される)自分にとって、”普通じゃない”彼らは壁を感じず話せる相手でした。

 

スポーツ療法の子達と話すことで自信がつき、こういった人たちの輪になら加われると思い、中学3年の2学期から特別支援学級のある中学に通うようになりました。とても楽しい生活だったと思います。個性的な人間も多かった気がしますし。特別支援学級の中には通常学級の授業に顔を出している子もいましたが、その頃はまだ”普通”の人たちから奇異の目を向けられるのが怖かったので僕には無理でした。

同じ理由で高校も普通制ではなく通信制の高校に入学しました。通信制といってもキャンパスがありそこで授業を受けることも出来るタイプの高校で、やはりそこにも”普通じゃない”人たちが居てやっぱり楽しいキャンパスライフが待っている、はずだったのですが、高校の”普通じゃない”は質が違いました。髪を染めている人間ばかりで、ヤンキーっぽい人が多いというのが当時の印象です。おそらくそれほどヤンキー性が強かったわけではないでしょうが、コミュニケーションの自信がなく線引きまくりだった自分にはなかなか接しづらい人たちでした。

2年に入ってからは何だかんだで友人グループを作り、放課後にカラオケ、ゲーセン、ダーツ、マックなど、青春を謳歌していました。今思い返しても当時の自分は人生で一番楽しそうだと思います。今自分は楽しいし、このまま大学に入り同じような集団に入れば同じような楽しさを享受できる。僕は成績もいい(小学校時代の話)し大学にも入れる。そういった宗教を信じていました。幸せですね。実際浪人することなく適当な大学(熊本県立大学とか)に入っていれば適当なオタクサークルに入って青春謳歌してた世界もあったかもしれないですね(ない(僕は決定論者なので))。

何気に高校時代に「普通の人間もこちらから何かしなければ僕にも何もしないし、最低限のコミュニケーションは取れる」ということを学んで普通の人間へのアレルギーを少し克服してたりしてます。線は未だに引かれていましたが。

 

さて、小学生時代に社会という宗教の「子供は毎日学校に通い授業を受けなければならない」という教義への信心を失った僕ですが、「良い大学に通わないと安定した仕事に就けない」「仕事をしなければ生きていけない」といった教義への信心は依然として存在していたので、高校2年秋には予備校に通い始めました。大手の予備校ではなく、個人経営の小さな予備校でした。これは普通の人間が居ると馴染めないとかではなく、単にその前に通っていた美大予備校と提携割引を行っていたからです。理由はともかく僕はまた普通の学生から縁の薄い場所に所属することになりました(ただ親によると大手予備校では不登校で無学の子とかマジ無理なんて言われていたようなので結局小さな予備校に行くしかなかったのかもしれません)。

結局僕はそこで2年浪人することになります。小さな予備校で、難関大学を目指す浪人生はほとんど居なく、また僕は同年代の友人が身近に居なくなりました。小さな予備校ゆえの距離感により講師たちとはかなり仲良くなれましたが、同年代の友人との交流は過去作った友人とたまに会うだけで、孤独に苛まれるというほどではありませんが孤独感は感じていました。

また、浪人1年目6月にTwitterを始めました。主に普段の考え事を吐き出す場として使用し始めましたが、興味深い人間の呟きを見ることにも使われだしました。これまでのドロップアウトで自分は社会のはみ出し者だという自覚があったからか、興味は社会とそりが合わないインターネット人間へ向かい、そのためこのころの僕は逆張り人間の傾向がありました。今もそうかもしれないです。逆張り人間だろうと何だろうとこの時期に常識への信頼がさらに失われたのは確かです。当時の僕のアカウントを見ると初めのうちは量産型大学生だったのがゆっくりと人間嫌いのインターネット人間になっていって面白いです(面白いので今度自分のブログでまとめます)。

 

なんやかんやで大学に合格。不登校特別支援学級通信制高校、(友人の居ない)浪人生活と”普通”な同級生から10年近くも離れた状態で僕はようやく”普通”の人間のグループに所属することになりました。そこで僕が感じたのは社会及び大量の同級生に画一化された大多数の大学生と僕との間の強い差異でした。教壇で教授がおはようございますと言うと低い声で挨拶を返し、教授が黒板に何かを書くと一斉にそれをノートに書き写す。そんな風にみんな全く同じ行動を取るのが奇妙でならなかったです。

生権力に矯正された人間が気持ち悪いなと思いつつも、矯正の有用さを感じることも多かったです。ノートを取ろうとしても書き方が分からないから取れない、同じクラスに振り分けられた人間と打ち解けるまでの物語が分からないので仲良くなることができない、など。矯正とは違うのですけど、毎日学校に行ってサークルに出てバイトもしている大学生の体力もすごいと思います。僕は学校とサークラ同好会で手一杯なので。
また、大多数の大学生と話して感じたことですが、彼らの話題からは制限された自由を感じました。社会にあらかじめ出していい話題は決められていて、状況に応じて出す話題を変える、みたいな。それぞれの人間は趣味、学部、サークル、出身地は異なりますが、話の本質はみんな同じことばかり。自分や他の人間を変人と称する場合すらも「このような人間は変人としてよい」というルールが背景にあるように見えました。許される(捕まらない)範囲で法を犯してアウトロー気取りになる不良のように。そんな風に本質は違わないのに表面的には違うように見せている人間を見たことも線を引かなくなった一因かもしれません。

結局僕は大学生とは距離を置き、画一化されてないように見える人間と細々と交流しながら過ごしています。今の僕は大多数の大学生のTwitterを見るだけで吐き気がしますし、絶対に彼らの近くには行きたくないと思っているのですが、それはそれとして、僕は今のように宗教を捨て不安定な中で生きるか高校生の頃のように個性なんてハリボテ程度しかないけれど現在・未来の幸福を信じて生きるかどっちのほうが良かったのかと考えることがあります。無論後者でしょうが、高校生の時点でアウトサイダー気取りだった僕はどうあれいずれ懐疑論者になってしまっていたと思います。幸せになりたいですね。

 

 

不登校を含めたドロップアウトの影響をまとめます。社会常識という強力な集団幻覚/宗教は学校やそれを取り巻く環境(親や教師)に蔓延していて、普通に学校に通っている限りは社会常識を疑うことはありません。しかし、不登校などで学校から離れた状態が続いてしまい少しずつ常識の信頼性が揺らぎました。常識に囚われなくなるというのは良いことに聞こえますが、社会常識から得られる基本的な生き方を自力で会得する必要があるため、リスクは大きいです。実際僕は社会で生きる力が不十分なまま社会に放り出されています。単に生来的に社会不適合なだけかもしれませんが。ただ、常識から離れることで自分と他人の間に線を引かなくなったなどの進歩などももちろん存在します。

また、集団に自分を合わせるように調整することも出来ないため、一般的な人間から一挙手一投足がズレます。ある程度社会の一部として生きていくのならばそこの調整も必要そうです。

ついでにいうと教師から聞いたことをただ覚える奴ら(学校に通っている人たちは割とみんなこうだと考えていました)と違って自分なりの方法で考えることができると自負してきたのですが、それにかまけて人の考えをインプットする能力がなくなり、車輪の再発明ばかりしています。効率悪いですね。

こういうと悪いことばかりのようですが、ちゃんと独力でも生きていける人間だったり、僕みたいに高校卒業してからやっと自分の考えを発達させたりしなければ良い価値観を持った人間になれると思います。パトロンが居ればなお良いですね。将来お金を稼いだら才能ありそうな小中学生のパトロンになって学校から引き抜いて天才少女を作りたいです。才気ある小中高生のみんな、学校を辞めろ。

 

最後に。拗らせ自分語りということらしいですが、僕は正直拗らせの意味がよく分かってません。「風邪を拗らせる」のような本来の意味からすると自分の中の悪性のものがさらに強化されたりさらに悪いものを呼び込んだりするという感じでしょうか。

それを踏まえてこの自分語りを見直してみましたが、特にこれといった拗らせがないように見えるんですよね。自分は社会からドロップアウトした駄目人間だ、自分はコミュ障だ、というキャラ付けを昔はしていましたが、それから連鎖して別の分野で何かを失敗することは特になかったですし、今はそもそも自分は○○な人間だという線引きをしなくなりましたし、恋愛感情が頻発するということもなかったですし。僕に全く拗らせがないというと多分嘘になりますけど(精神科に通うことで自分が病気であることを自覚し症状がさらに悪化したエピソードとか)、サー同の各位の中では拗らせは少ないように思います。嘘乙、お前のこういうところ拗らせやで、という声があれば是非僕に教えてください。僕も拗らせを理解したいので。

 

以上で僕の記事は終了です。長らく読んでくれてありがとうございます。

明日は複素 数太郎さんの記事の予定だそうです。お楽しみに。

セックスするけどヤリチンとは言われたくない

この記事はサークルクラッシュ同好会 Advent Calendar 2017の10日目の記事です。

 

初めての人は初めまして、あったことある人はこんにちは。サークラで副会長を務めさせていただいているカプリスです。

 

この記事は二部構成になっており、第一部では私の生まれてからの過ごし方、第二部ではそれを踏まえてヤリチンと言われたくない理由となっております。

 

いきなりズバッと言いますが私のこじらせはコミュニケーションが下手なことと承認欲求が強いことです。

このこじらせを作った原因は二つあると推測しているですが一つ一つ解説していこうと思います。

一つ目は学校による環境ですね。昔から、正確に言うと幼稚園くらいからかなり浮いていて一人で行動することが多く、一人で他人と違うことばかりしていました。そういうことをしていたのでそれはもうヘリウムガスが入れられた風船がごとく浮いていました。ヘリウムガスはガスの中の軽さでいうと2番目なのですが1番軽い水素ガスは引火すると大惨事になるので使われていません。これテストに出ます。

そんなことをしているうちに風船のようにふわふわと小学校に入りますがここでも何も変わらず一人でずっと本を読んでいました。水素ガス並みに浮いてしまっていじめられました。これが第一の原因かなあと思っております。

もう一つの原因は家庭です。家族二人とも酒癖がめっちゃ悪く片方はアル中みたいな感じでした。酒を飲んでないとめちゃくちゃ機嫌が悪く、暴力や暴言に発展することもありました。

この辺の事象が存在し、結局どうしようもなくなっていったわたしは人に気に入られるようなコミュニケーションをとるように努力します。例えば相手の動作を見て何を考えているか考えて最善の答えを用意するなどです。(詳しくはわたしのブログを見てください) 

caprice1026.hatenablog.com

それが功を奏し、小学校高学年のころにはいじめられることはほぼなくなりました、が、それに伴い自分の本音が言えなくなったり、自分はこれだけ頑張っているから認められたい、という気持ちが肥大していき気が付けば承認欲求の塊になったりしていました。

そして小学校を卒業したわたしはいじめてきた人たちと同じ中学に行くのが嫌で中高一貫の自称進学校に通い始めました。中学のころは特に問題を起こすこともなく少し問題と言えば物事を事実より大きく言って「すごーい!!」とかとか言われようとするくらいのものでした。そのころはよかったのですが、高校生になると恋愛に目覚め始めます。

恋愛とはすごいもので相手から行為を向けられたりするだけで相手から承認された気分になります。承認欲求の塊であったわたしはどんどん恋愛をして、承認欲求を満たそうとしていました。恋愛を続けるうちに、一人だけでは飽き足らず、二人、三人と恋愛をするようになっていきました。このころはまだ健全(?)な恋愛をしていましたが、高校の途中でメンヘラと化して、だんだん恋愛が悪化していきました。さらに承認欲求が増していきレディーガガの曲のApplauseみたいなかんじでひたすらapplause(喝采、賞賛)を求めるようになっていきます。とりあえず承認が欲しいのです、これは今もです。さあみんなapplauseをわたしに!!

話がそれました。恋愛関係によって承認されたい、という気持ちがどんどん強くなっていったわたしですが、最初に述べた通り、わたしはコミュニケーションが苦手でした。なので自分の思っていることを相手にうまく伝えたりできませんでした。そこでわたしはセックスなどの肉体的接触により相手が本当に思っていることを伝えるという発想に知らず知らずのうちにたどり着いていました。そのせいか気が付けば肉体関係を持っている人がどんどん増えていくという恐ろしいことになって今に至ります。

 

 

ここからは女の子とすぐそういうことをするのにヤリチンと言われたくない理由について書いていこうと思います。まず一つ目は女の子とそういうことをやっていますがなんだかんだそんなにヤッていないということです。このまえTwitterで何人以上とヤッたらヤリチンかというアンケートを取らせていただきましたが(図参照)

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一番多かったのは、8人以上という答えでした。わたしはこれまでの経験人数は6人(セックスだけなら)なので、なんだかんだそんなにヤッていないということです。たしかにセックスしていない女の子を除けばもっと増えますがなんだかんだそんなにヤッていません。

 

二つ目はヤッた頻度です。アンケートによると、一年で六人以上とヤッたらヤリチンとあります。(図参照)

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女の子とそういうことをしまくっているのは最近がほぼこの一年にかたまっていますがそれでもこの一年にヤッたのは4人くらいです。

三つめは(極力)相手を傷つけないように恋愛していることです。酒を飲まして無理やりホテルに連れ込むなんてことは一度もやったことはありません。そういう風にちゃんと相手のことを思って恋愛しています。ヤリ目とか言う感じで恋愛しているのではありません。

 

余談という感じですが、わたしは別に自分の快楽のためにセックスしているのではなく、自己開示のためにセックスしています。これも理由の一つにあげたいのですが、とある人から「それは快楽のためにやっているのと変わらない」と言われたので理由には挙げませんが一応そんな感じでセックスしています。

 

 

以上の理由からわたしはセックスしますがヤリチンと言われたくないです。

ただ、ヤリチンという言葉が結構あいまいなところがあるようで、アンケートのところに「その他」の項目を作っておいたのですが、そこにも何評かが入っています。よってそのうち「ヤリチンとはどういうこと?」というお題で当事者研究をしたいですので人員を募集中です。そこでヤリチンというものの定義などが揺らいでヤリチンと言われるようになってしまったらまたブログに書くのでその時はよろしくお願いします。

 

長い文章にお付き合いありがとうございました。次回は藍鼠さん(@indigo_mou5e)です。

「読むと絶対モテる記事」と拗らせ概論、さえも

※当記事はサークラアドベントカレンダーのために執筆されています

adventar.org

0.はじめに


はじめましての方ははじめまして。そうでない方はこんにちは、サークルクラッシュ同好会にすら馴染めなくてフェードアウトしてしまった社会不適合者こと小津@oz4point5)です。最近あった悲しいことは、母が年内に死ぬだろうと医者に宣告されたことですね。さて、あらゆる文章は構造的に書かれてしかるべきだと思います。その点、完全なQ体氏の文章は教科書みたいで素敵でしたね、あれを真似てみようと思います。という訳で以下が目次です、ご査収ください。


各章は独立しています。好きな時に好きなだけ読んでください。「読んだよ」って言ってもらえたりリプしてもらえるととても嬉しいです。なお、ブログの記事を書くのなんてだいぶ久しぶりでどんな文章を書いたらいいかカンを忘れています。文章がキモオタくさくなっても許してね。あと出来るだけ各種表現に気をつけて書いてますが、この部分を書いている時点でキマっているため、所々、書き間違いや政治的に正しくない表現が含まれると思います。あらかじめご容赦ください、それでは。


1. 読むと絶対モテる記事

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1-1. 奪われた非リア


  モテる、って何でしょう。有斐閣の出してる書籍みたいな出だしですね。「モテる」というのは少なくとも人々が取りうる何らかの状態を指しているように思います。しかし、それに統一的な意味があるかは微妙なところです。どうみても色々な人と性交渉をしているようなタイプの人が「はぁ、モテない」と言ってみたり、恋愛工学やってる人たちは「モテている」のかそうでないのか、意味が錯綜している言葉です。「非モテ」という言葉をアイデンティティにしている人もそれなりにいます(私もそうです)が、それもどういう意味なのでしょう。

非モテ」に限らず、多くの「自らをネガティブにとらえる言葉」、例えば「非リア」であるとか「うつ」、「ニート」、「KKO(キモくて金のないオッサン)」などは最初の意味に比べて、徐々に人口に膾炙していくにつれ、意味が拡大していくきらいがあります(私はこれを言語争奪 word captureと呼んでいます)。日本人の謙遜文化が影響しているのでしょうか。もちろん、これらの対概念も同時に意味が変化していきます。

リア充」というのは今は亡き2chの大学生活板で生まれた言葉で原義は「一人でも友達がいる奴」でした。しかし、今やそんな使い方をしてる人はいません、私の感覚では「リア充」の平均的な意味は「恋人がいる奴」ぐらいな気がします。「非リア」が指している人間なんて最初は大学生の数パーセント程度だったのでしょうが、今の定義だと半分近くはいるんじゃないかと思います(こういう恋人の有無などのデータはしばしばニュースなどで見かけますね) 非常に限定的な言葉が流行するにつれ普遍的になっていくというのは、理解できることでもあります。そういう言葉はなかなか使う機会がありませんから。でも、意味が拡大するにつれ、その言葉がもっていた文脈というのはだんだんと失われるように思います。

つまり、こういうことです。「非リア / リア充」という言葉ははじめ、「友達のいない我々(内集団)」と「大学生活を楽しんでるあいつら(外集団)」の間に線を引く役割をもっていたはずです。この線を引くことにより、同じスレの中にいる人たちはある種の連帯感デュルケームに言わせれば共通の絆でしょうか)が生まれますし、彼らはアイデンティティを得ることができます(ここでいうアイデンティティとは「自分はこういうものだ」という定義付けとでも思ってください、そしてそういうものの存在は多くの場合、精神の安寧をもたらします)。

しかし、その言葉が彼らの手を離れ、意味を拡大されたらどうなるか。最初に自分たちが行なっていた線引きはもはや機能しなくなり、連帯感も失われてしまいます。彼らはこう思うはずです。「俺たちを表すはずだった言葉が仲間以外のやつらに勝手に使われて、しかもそちらの意味の方が浸透してしまった」と。

集団と集団の間の線引きは常に脅かされるものとはいえ、これはなかなか可哀想なことのように思います。少なくとも私はできるだけそのようなことはあってはならないと考えています。言葉が変化することで悲しむひともいるのです。


1-2. モテなぶる奴ら


さて、話を戻しましょう。「モテる」「非モテ」の話です。話の流れでお気づきかと思いますが、この言葉も「非リア」と同じく、争奪の危機にあります。というか争奪されています。

「モテる」の根本的な意味って何でしたっけ。多分「誰かから好意を向けられる」ことだったはずです。しかしその定義では、人々の内心による所が大きく厳密な議論に持っていくには無理があります。ではこうしましょう、「誰かから好意を持っていると告白される」、それすなわち「モテる」ではないでしょうか。

それが今や嘆かわしいことに、「モテる」という意味を勝手に狭い言葉にして、自分を「非モテ」と名乗る人物の多いこと。あなたは誰かから告白されたことがありますか? じゃあ、あなたはモテたことがあるんです。決して非モテではありません。たまに「自分が恋愛対象と思う人物から好意を向けられたことがない」のを「非モテ」と勝手に解釈してSNSかなんかで自虐している人がいます。恥を知れ。我々から言語を奪っておきながら弱者ぶるとは何事か。挙げ句の果てに一部の人間を「いないもの」扱いしている。他者を欲望を持つ個人として尊重しないと道徳が滅びるってウェーバーも言ってたぞ!

というわけでですね、この記事をお読みの皆さんの中で「誰かに告白されたことがある」人は自分のことを「モテない」というのは出来るだけ控えていただけると嬉しいです。女性の皆様におかれましては、別に非モテ自称しなくても適当にツイッターで性別さらして悲しがっていれば男どもが寄ってくると思いますので。男性もそうですよ。弱者、本当に非モテだった人たちを保護する、差別に反対する理知的な観点からも是非お願いします。それは僕たちのアイデンティティなんです、奪わないでください。


1-3. 読むと絶対モテる部分


というわけで、本題です。1-1と1-2はお読みいただけましたでしょうか。オチがもう読めたという方は素晴らしいというか、ちゃんと考えながら読んでもらってありがたいというか。では、以下の通りです、ご査収ください。

この文章を読んでいる皆さん、好きです。僕と付き合ってください!

  • 【募集対象】この記事をお読みの方
  • 【応募条件】年齢性別外見居住地等一切問いません
  • 【採用職種】パートナーとして
  • 【採用基準】熱意のみ
  • 【募集者】小津 省吾(21歳バイセクシュアル♂)
  • 【連絡先】原則としてtwitter@oz4point5にリプライあるいはDM
  • 【締切り】twitter上で告知。終了したらこの記事に横線ひくかも
  • 【その他】

こっちはまじめに言ってます。もう既にパートナーがいらっしゃる方は、その方と別れてからご応募ください(無用なトラブルを避けるためです)。また、小津についてよく知ってから判断をしたいという方は、お友達からでも可です。詳細な私に関する情報は、私のtwitterをフォローいただくか、またお題箱などでも受け付けております。ご活用ください。


1-4. 諸注意ほか


同じネタを先に他の人にされてしまわないか不安だったのですが、確認した限りそんな奴はいないっぽいので一安心です。僕の後に同じことをやろうとしている方がいたら申し訳ありませんでした。割と真面目に言っているので、もしこれで彼氏なり彼女なりができたら嬉しいなと思っています。

さて、性別も問わない、と書いたため、これでこの記事を読んだ方は晴れて「誰かに告白されたことのある」人になりまして、もはや「非モテ」とは言えなくなりました。つまり「モテる」状態になりました、ということで(もし締め切られた後にこの記事を読んだ人はすみません、そのうち再募集する羽目になると思います)。本当に「好意を向けている」かですが、実際に向けてると思います、少なくとも、私は私の文章読んでくれてるだけで相当嬉しいですし。

というわけで以上がこの記事のメインとなります。後の章は余談です。皆さん、誰かから告白されたことのある「モテる」人間として自尊心をもってですね、ご自愛いただければ幸いです。余裕があったら「非モテ」な私にも優しくしてやってくださればと思います。


2. 拗らせ概論

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2-1. 「拗らせ」とは


拗らせに関するアドベンドカレンダーとして文章を書く機会を頂いたのに、それを書かないのも如何なものかと思うので、いまから書きます。もし、私が大学の教員で、これが大学の授業なら「拗らせ論入門」とか名前をつけて2単位の一般教養科目としてあげたいところですが、実際はそうではなく、読んでも別にお得なことはないので、適当に読んでやってください。

私の前に記事を書いた人も「拗らせ」という言葉の定義に苦戦していましたので、私が考えた拗らせモデルをここで書いておきたいと思います。皆さん是非このモデルを「ここが違うよ」とかご指摘くださると嬉しいです。ちなみに、こういう言葉の意味に関する文章の最初に出てきがちな三省堂大辞林の定義をひっぱってみると「①物事をもつれさせる。解決を難しくさせる。②(病気などを)なおりにくくさせる。悪くして長引かせる」だそうです、わかったようなわからないような。


2-2. 靴紐を結ぶ


拗らせとは、要するに靴紐を間違って結んでいる状態です。スニーカーを想像してください、靴紐をまだ通していないならば、スニーカーにはたくさんの穴が空いているはずです。その片方を「行為」、もう片方を「感情」とします。それらを結ぶのが靴紐なわけですが、それが正しく順序通り結ばれていない状態、それが「拗らせ」です

社会や日々の生活を定義する方法はたくさんあると思いますが、ここでは感情と行為の再帰的な繰り返しと考えます。私たちは色々なことを考えます、ご飯を食べようとか、ゲームをしよう、とか。そういう「感情」に基づいて私たちはなんらかの「行為」を行います、ラーメン屋にいく、ゲームをプレイする。その結果、何らかの変化が世界に起こります、注文したラーメンがでてきたり、ゲームをクリアしたり。それを今度は私たちが情報として受け取り、それに対して「感情」を持ちます、美味しかった、他のゲームもしよう、とか。

この「行為」と「感情」が靴の穴だとすると、靴紐というのは「行為→感情」か「感情→行為」の回路で、それは感受性とか性格という言葉で普段表されるでしょうか、ぴったりと当てはまる言葉はないような気がしますね。

まあとにかく、この靴紐の結び方にはある程度正しい順序があるわけです。一段目の穴が結ばれた次は二段目の穴に靴紐が通っているはず、普通はそう考えます。普通は「一回一緒にご飯を食べた」穴のそのすぐ次に「告白する」の穴があるとは考えないわけです。でも、そう繋いでしまっている人がいて、それが「拗らせている人」なわけです。

 

2-3. 短絡と混線

そのように拗らせを捉えると、拗らせ方には二種類のタイプがあると考えることが出来ます。すなわち「短絡 short」と「混線 crossed」です。

短絡とは、本来入るべき穴をすっ飛ばしてしまっている状態。いきなり告白してしまったり、異性全体に対してレッテルを貼ってしまう状態がここに入ります。一方、混線とは、本来別の穴に入るべき靴紐が、違う所に入ってしまっている状態をさします。ただ「人間として敵意を持ってない事を示す行動」を受け取って、それを「好かれている」と感じてしまったり、「相手に気に入られよう」と思って意味の分からないLINEを送りまくってみたり。

どちらもいわゆる「拗らせている人」にはあるあるな状態かと思います。先程から恋愛に関する例をあげていますが、これは学歴だとか対人関係とかで「拗らせている人」もこれに当てはめて考える事ができると思っています。

 

2-4. 靴紐をほどく

それでは、この状態はどのようにして解消することができるでしょうか。靴紐のようなものである、という性質から幾つかの条件が必要であるということがわかります。

  1. どこをどう結び間違えているのかを自覚する
  2. その場所より後に結んだ場所を一旦ほどく
  3. 立ち止まる

まず1つ目です、問題を明らかにしなければ、どう結びなおすべきか分かりません。靴紐の結び間違いはなかなか自分では見えにくいので他人にみてもらうなり、あるいは自分で見るにしても、自分ではそれが正しいと思って結んだわけで、他の人のものと見比べる、あるいはそういう本を見て自分が違うなと思う所を発見しなければなりません。

そして、2つ目。これは拗らせが靴紐たる所以です。大抵の人間は何らかの考えを持っていたとしたら、その考えの上に積み上げるようにして他の考えを積んでいきます。それは、最初が間違っているがゆえに、無理矢理世間に合わせるために軌道修正しようとしたものが含まれていたりします。「○○大学に入れなかった→自分はダメだ」という靴紐を結んだがゆえに後から「自分はダメだ→もっと勉強に勤しんで周りに勝たねば」という靴紐の結び方があり、「周りに勝たねばならない→頭脳的な職を目指す」などを積み上げているパターンはちょくちょく見かけます。ただし、拗らせを治そうと思ったとき、一旦それらの考えを捨ててしまう必要があります。そうしなければ、最初の間違った靴紐を結び直すことができません。これには覚悟が必要です。

3つ目、立ち止まる。非常に忘れがちな点です。靴紐は歩いている時、つまり自分が何かを考えて周りの世界に働きかけるというプロセスを忙しなく行っている間は絶対に結び直すことが出来ません。一度、落ち着くことの出来る場所を見つけて座るなりする必要があります。焦って忙しい時に靴紐を結ぼうとしても余計にこじれるだけです。案外、これが見えなくなってしまうことも多いです。

以上が必要条件かと思われます、つまりこれを満たさなければ靴紐を結び直せない、ということ。逆に言えば、これを満たしても靴紐を結び直せるとは限りません。とくに2番目の条件が厄介で、もうはるか昔に結んだところまで解くというのは現実的に不可能な場合が結構あります。拗らせたら早めに。周りの人も「拗らせてるな」と思ったら、その人のために教えてあげるのが、本当の優しさかと思います。

 

2-5. 拗らせの社会学

 

でも、靴紐が多少結び間違っていても、全体的にバランスが保てていれば、まっすぐ歩けます。これも拗らせが靴紐であることの重要な前提です。「拗らせ」も全体としてバランスさえ取れていれば歩行に問題ありません。多少他の人から不格好だと思われることがあっても。

その時に、自分が自分の靴紐の結び方に自信を持っていて、そして説明できることは重要なことです。他人に指摘されて慌てて結び直すようなことをしてしまっては、先程言ったように余計にこんがらがってしまいます。

リオタールの言うグランドナラティブ(大きな物語)の凋落、とゲンロン的用語を出すまでもなく、近代社会では自我の役割が肥大化してきています。途中まであらかじめ結ばれていた靴紐も、今では最初から自分で結ばなければなりません。都市型の生活では、群衆はより孤独 solitudeになっていきます。ゴッフマンのいう儀礼的無関心 civil inattentionは、無論、電車内だけでなく日常生活や大学生活にまで及んでおり、他人の靴紐をどうこういうことは基本的にしません。

私たちは、そのような生活で生き残るために、常に自分の靴紐の状態を把握しておくことが望ましいでしょう。自分が「拗れている」ことに気づいてさえいれば、「拗らせている」こと自体はさしたる問題ではなくなります(無論、バランスが取れていればですが)。そのためにも、自分の周囲の人たちが「拗れている」と気づいた時に、そっと教えてあげること、そういうパーソナルな関係 personal relationが、今の時代では重要なのではないでしょうか。

この記事を読んだ皆さんも、せっかくですから、ちょっと立ち止まって自分の靴紐 shoelaceを確認して見てくださいね。

……衒学的な記事だなあ

 

3. さえも

 

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3-1. 幽鬱(スプリーン)

 

ここから自分ガタリ=ドゥルーズに入ります。さびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしいさびしい。

最近は精神科からのお薬とジヒドロコデインリン酸塩のお陰でなんとか大学に行けてまして、まあ1回留年ぐらいで卒業できたらなと思っております。大学で友達を作ったり、自分のことについて考えたりすると、「うっ死にたい」「醜形恐怖だ」「アイデンティティが拡散する」となってしまうので、意図的にさけています。皆が真面目に生きていて羨ましい限りです。

みんなアドベントカレンダーの記事では一生懸命自分語りしてましたが、僕はあんまりそれすると鬱になりそうなので控えます。大学合格を目標にしてたらそれが終わって、今度はキメセク目標にしてたらそれも終わって、最後には人間不信が残って、エリクソンのいうライフステージの青年期に見事に全ての徳がゆらいでアイデンティティが拡散したパターンです、僕の個人的な考えとかはOOKR先生の本に出てくるタイプのダメ大学生とほぼ同じです、ご参考に。

 

拡散diffusion―アイデンティティをめぐり、僕たちは今
 

 ああ、死にたくなってきたな。この前、さびしいってツイッターで呟いてたら女の人からDMきて「添い寝しませんか」ってんで半日つぶして髪も切って天王寺のラブホまでいったんですが、ラブホ入ってベッドに寝そべったところで相手が「やっぱ無理無理無理」つって解散になったのも、全部僕の容姿と挙動が悪いせいですね。

 

3-2. 言い訳、あるいは謝辞

この記事はキメながら一人で適当に書いたものなので、あまり謝辞というあれはないのですが、普段言いづらい事をここで文章にして。

まず、アドベントカレンダーに誘ってくださった桐生あんずさん、ありがとうございました。最近、いろいろ頑張ってるのみて凄いなあと思ってます、というか尊敬してます。いや、ほんとに。あまり人に本を借りっぱしてる僕が言うのもなんですが、たしか「げんしけん」まだ貸したままでしたよね、それを口実にご飯でも行きましょう。

次、サークルクラッシュ同好会全体に対して。幽霊部員と化してしまった(そのくせ外野でたまにうるさい)の、本当に申し訳ありませんでした。ご迷惑かけました。今後は精神が安定したらたまに例会に顔出して一助になれたらと思います。

次、かしぱんくん。色々ご迷惑かけてごめんなさい。かしぱん君的には多分、僕のことはどうとも思ってないか、それとも嫌いな部類に入ると思うんですけど、僕は今一度仲良くなりたいです。よければ御飯食べれたらいいな。サークラ会長ご就任おめでとうございます。

次、ホリィ・センさん。尊敬してます、YSD先生に愛されていていいなあと思います。ご迷惑おかけしました。

他にも多数いますが、これぐらいで。次回のアドベントカレンダーは、線が細いメンヘラ美少年として有名なかぷりす くんです。個人的にすきな人なので、この記事読んだ人はみんなで次も読みましょう。

じゃーね、ばいばい。良き倫理を!

 

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

 

 

呪詛・物語・社会

アドベントカレンダー7日目 完全なQ体(@torchfish_story / id:Q1kasen))
 
 
1.概論
社会にはその社会でとくに厳密な根拠もなく正しいとされる命題が大量にあり、これらの命題を呪詛と呼ぶ。これらの呪詛はそれぞれ独立にただ真とされているわけではなく、これらを大きく統一的に説明する理論が背景にあり、それを物語と呼ぶ。
例えば宗教社会における呪詛は「毎朝太陽が登る方向に祈らなくてはならない」などの個々の命題で、なぜそうなのかを説明する神話や聖典などが(極めて具体的には)物語にあたる。(より厳密には、物語は抽象的な概念で、神話や聖典は物語が実体化されたものという見方が正しい。)
このように、物語がたくさんの呪詛を統一的に説明し、また呪詛が物語の根拠として再参照されるという構造がある。
そして、社会に属する人間(社会人と呼ぶことにする)は、その社会に存在する物語の登場人物(キャラクター)として振る舞うという決まりがある。
物語には、○○中の1年2組の物語 のような小さな物語から、メンヘラの物語、アスペの物語、ゆとり世代の物語などの中くらいの物語、日本人の物語のような巨大な物語まで、様々なサイズがあり、人間はそれらに重層的に所属しながらキャラクターとしての振る舞いを行う。ただし、ここで挙げたような、○○世代、○○人、などの具体的な語彙と物語がきちんと一対一で対応すると考えるのは早とちりである。ここに書いたものはあくまで読者が理解しやすいように操作的に構成したモデルである。人間をカテゴライズした既存の語彙のほとんどは不適切で不完全だ。不適切な語彙の背後にズレた物語を想定して動いた結果ピエロになってしまうのは、コミュニケーション弱者(社会盲)の人間がやる典型的な失敗の一つである。
人間は、お互いに相反する複数の物語に同時に所属することがある。というより、実際にはこのような分裂状態が社会人のスタンダードであると言えるだろう。複数の物語がキャラクターに背反する要請をする場合、キャラクターは主により小さなレイヤーの物語からの要請を優先する。もしも同じレイヤーに相反する物語を飼っている場合、キャラクターは離人感や、これは本当の自分ではないという感覚を抱きやすくなる。ただ、本当の自分などというものも結局は物語の語彙であり、人間からキャラクターという皮膚を引き剥がせば、比喩でもなんでもなくただの肉塊しか残らないということは留意しておいたほうがいいだろう。分裂が大きい物語のレイヤーで起きているほど問題も大きくなり、障害として診断されやすい。
物語概念を使って社会人のコミュニケーションがどのようなものか定義することができる。社会人のコミュニケーションとは、お互いがお互いの物語のキャラクターであることを相互承認することである。もっと平たく言うと、「ぼくはあなたの属する物語のキャラクターであり、あなたもぼくが属する物語のキャラクターである」という契約を取り結び、それを定期的に確認し合う行為全般のことである。コミュニケーションが上手くいっていない社会盲の人間の多くは、話術がどうこうといった問題以前に、この契約を取り結ぶことに失敗している。
 
 
2.物語一般の性質
 
2-1.物語の構造
ここでは、全ての物語に共通する構造と、そこで使われる語彙について見ていく。
一般的に、物語にはキャラクターがいて、キャラクターが何らかの行為をし、行為に基いて責任を取らされたり報奨を受けたりする というのが大方の見方ではないだろうか。これはある意味では正しいのだが、倒錯したものの見方でもある。
そもそも、この世界には本来現象しかなく(世界と現象が存在することは前提としておく)、その中で帰属先を定められるよう恣意的・操作的に選ばれた現象の集合から行為が構成され、行為の帰属先として主体が構成されるというのが正確な順序である。すなわち、物語、ひいては社会は、行為の帰属先を作り出し、決定するシステムだと言って差し支えない。そしてこの、行為の帰属先として社会によって作られた主体のことを、私たちはキャラクターと呼ぶのである。
 
 
2-2.自分一般
 
2-2-1.自分と自分の行為
これまで、キャラクターは行為の帰属先として作られるということを主張してきたが、これは、社会の中に存在する無数の行為のうち、どの行為を所有するかによってキャラクターが特徴付けられるということでもある。一般的に、アイデンティティというのはその人が所有するもの・性質(例えば、その人の人種、その人の性別、その人の性格……等)によって構成されると考えられている。だが、最も究極的には、アイデンティティはその人の行為(例えば、その人種らしい行為、その性別らしい行為、その性格らしい行為……等)によって構成されている。若くて禿げていない人の大多数は、自分の髪の量を自分自身だとは感じないだろう。これは、若くて毛量が多い領域では、毛量に応じた振る舞いが存在しないからだ。禿げていて、そのことを気にして振る舞ったり、ネタにして振る舞ったりしていると、それが自分自身だと思えてくるのである。(※高齢になって禿げが多数派になり、毛量が多いことが相対化されてくると、逆のことが起こるのかもしれない。私は高齢ではないので分からないが。)
 
2-2-2.なりたい自分
ある自分になりたいと願うことは、多くの人が経験することだと思う。これは、ある行為を所有したい(あるいは所有したくない)願望であると換言できる。例えば、素敵な絵を描けるようになりたいとか、かっこいい曲がつくれるようになりたいといった願望は、行為の所有の願望として分かりやすい。そして人間は、その行為を所有できるようになるまで(あるいは諦めるまで)の過程を、文字通り物語る。今の例で言うなら、不断の努力、才能、妻子ができたことによる心境の変化 などの呪詛を、それらしく並べて物語るのが典型的だろう。
もっと女性らしく振る舞いたいとか、自信を持ちたいといった、先の例より複雑に見える願望でも、基本的な部分は変わらない。この場合、女性らしく振る舞うことが許されるようになる物語や、自信を身につけるまでの物語(あるいはそれらの逆として、女性らしく振る舞うことが許されない物語や、自信のない人格に育つまでの物語)が書かれるだろう。
念のため言っておくと、私はここで、そのような物語が嘘だと断じたいわけではない。ここでフィクションとノンフィクションを区別することに意味があるとは思えない。フィクションとノンフィクションは綺麗に二分できるものではなく、シームレスな概念であると主張したい。
ところで、多くの人間は、人生が連続した一本の線であるという感覚を持っているようだ。この感覚こそ、物語が与える錯覚の典型例である。私たちの(連続した一本の線であるところの)自分史は、私たちが現時点に残された過去の遺物から人生を再解釈して物語ったもので、人生そのものではない。そこには解釈しかないし、そのような解釈は、私たちの人生のその時々によって、都合良く作り変わっていくものだ。
 
2-2-3.素の自分、本当の自分
演じていない素の自分という概念は、単に物語の語彙である。実際には、演じていない自分というものはありえない。ここでは物語の中で、素の自分(とされるもの)と、素ではない自分(とされるもの)との区分が、どのように構成されているかを見ていく。
素の自分(とされるもの)と演じている自分(とされるもの)の違いは、当人が演じているという状態そのものが誰に所有されているのかに拠る。その人が演じていることが、物語によって当人に帰属するとされた場合、それは演じていない素の人格とされる。逆に、その人が演じていることが、物語によって当人以外(※例えば、空気やカースト上位者など。さらに当人から遠い極端なものになると、霊や神などが当てはめられるだろうが、ここまで遠いと演じている”当人”とされるかは微妙である。)に帰属するとされた場合、それは演じている人格とされる。物語によって素の人格や演じている人格だと見なされることと、当人が素の自分や演じている自分だと実感するかどうかは別なのではないか と思うかもしれないが、社会人の実感は物語に追従するので同じこととして扱える。一般的に、素の自分のことを本当の自分と呼ぶことから、私たちが生きている物語では、素の自分のほうが本質であると見なされることが分かる。しかし、宗教社会などであれば、先に当人から最も遠い例として挙げた、霊や神の方が本質とされるだろう。
このように、あらゆる自我は社会の産物であり、どれがより本質的かは物語によって決まる。
 
物語における強者というのは、上手に物語る人間である。ここではそのような強者のことを、ストーリーテラーと呼ぶことにする。
自分の望む行為を手に入れる(あるいは手放したい行為を手放す)ための物語を上手く書けることは、上手に物語ることの一つの形ではある。しかし、上手に物語るというのはそれだけではない。例えば、自信を持ちたい人が、その望みを叶えることができていなくても、その状態で、自信のない人格に育つまでの物語を上手く書けるのなら、その人は、自信のない人格に育つまでの物語における強者、即ちストーリーテラーなのである。このような状態の人が、自信のない人格に育つまでの物語に自我を浸食されて、「自信を持ちたい!」と叫びながら、自ら進んで自信を失いにいく行為を繰り返すのをよく見かける。地獄だなと思う。
 
2-3.意味論としての物語
物語は、社会に対する意味論である。物語は、キャラクターや行為、その他の物語中のオブジェクトに対して、意味、価値、機能を提供する。最も分かりやすい例は貨幣だろう。人間が、先の例のように、自分を苦しい状況に置く物語に固執するのは、物語がそれに属するキャラクターに存在価値(あるいは存在そのもの)を提供してくれるからだろう。
 
2-4.自由意志と責任/報奨のシステム
私たちの暮らす社会に根強くはびこっているのが、「我々には自由意志というものが備わっていて、自由に行為を選択することができる」という呪詛だ。この呪詛は、キャラクターが、選択した行為の結果に対して責任を負ったり、報奨を受けたりすることの根拠に使われる。
 
2-5.行為の争奪・共有
私たちは、責任が伴う行為を負債、報奨が伴う行為を資産のように扱い、負債を押し付け合ったり、資産を奪い合ったり、共有したりする。
この争奪戦の中で、多くの資産を得た強者は、所有する好ましい行為をふんだんに使って物語を書くことができる。強者は物語を書くことで、責任を果たした人間に恩寵や赦しを与え、そうでない人間を罰する。もちろん、何もかもを自由に扱える強者というのは存在しないだろう。村上春樹の比喩を借りるなら、物語は壁で、キャラクターは卵だ。程度の差はあれ、私たちは物語がアンコントローラブルであることに苦しみ続けるだろう。
 
2-6.物語の再生産と自己疎外
物語に属するとき、私たちの行為は、物語の道具として使われてしまう。これは、私たちが、自分を支配しときに苦しめる物語を、自身の行為で再生産しているということでもある。このようなサイクルは自己強化していく性質があり、物語は徐々に私たちとって外的なものになっていき、私たちは疎外感を強めていく。
 
2-7.集団幻覚としての物語
物語は強固な集団幻覚としての性質を持つ。例えば、人間が「現実を見ろ」と他者を諭すとき、多くの場合は、「おれたちと同じ集団幻覚を見ろ」と諭しているのである。コミュニケーションの定義について、1.概論に「社会人のコミュニケーションとは、お互いがお互いの物語のキャラクターであることを相互承認することである。」と書いた。この定義に従うなら、「現実を見ろ」という要求は、コミュニケーションの要求の一形態と言える。
 
 
 
あとがき 〜こじらせ自分語りに寄せて〜
実は(というか完全にバレていると思うが)、呪詛・物語・社会は八割がた完成した原稿が先にあったもので、こじらせ自分語りというテーマでは書いていない。発表する場所が欲しくて藍鼠さん(@indigo_mou5e)に相談したら、主催者の方(@anzu_mmm)から許可が出たので、ここに投稿することにしたのだ。無理やり共通点を見い出すなら、一般自分・一般語りという感じになるだろうか。
 
 
3-1.こじらせ
僕は、こじらせという観点から人間を観察したことがないし、他の人のこじらせ自分語りを読んでもあまりピンとこなかった。そもそも僕はサークラの人間ではないので、みんなの文脈が分からないというのもあるのかもしれない。
主催者の方からは、「あなたが考えるこじらせを軽くで良いので書いてほしい。」と言われた。しかし、僕は自分の考えるこじらせについて書くどころか、「あの人はこじらせ、あの人はこじらせではない」、といった、単純な判定すらできる自信がない。すみません。
 
 
3-2.自分語り 〜物語ることの実践としての半生記(物語概念に至るまで)〜
 
語る用の自分の持ち合わせがない感じがする。僕は経験的な記憶に乏しい傾向があるのだと思う。ベビーカーの車輪が回転する様子とか、幼稚園の前の信号機が点滅する様子みたいな、エピソード以下の断片はそれなりに憶えている。そして、こういう断片が、僕の幼年期の全てだ。
 
小学校。生き物の生態を覚えることと、生き物の絵を描くことにおおよそ全ての情熱を費やした。節足動物の絵は必ず真上から描いたし、脊椎動物の絵は必ず真横から描いた。いじめられていたけど、気づかなかった。
 
中学校の普通学級に脳を破壊されて、3ヶ月ほど入院した。そこで、ADHDとLD、アスペの診断をもらった。そのとき隣に座っていた父親は、「障害のフルハウスじゃん」とか言って、なぜか嬉しそうに笑っていた。僕は、絶対こいつにも何かの診断下りるだろと思った記憶がある。
 
退院後、藍鼠さんと同じ特別支援学級へ通うことになった。
素人が作った自主制作アニメのキャラみたいな、ぎこちない自我での、楽しい学校生活だった。会話の仕方が分からなかったので、それまでに読んだ本の文章を主なソースにしつつ、周りの人間の言動も真似た。特別支援学級は、脳のここが機能してないとこうなるぞみたいなのがたくさんいて、毎日が面白かった。
 
普通の全日制の高校に進んで、中学時代の友人と別れた。たぶんそのことで、僕の自我は急激に社会性を増した。これは、高校に入って、付き合う人間が全員入れ替わったことで、中学時代の友人たちの言動やキャラクターを、あからさまにトレースできるようになったからだ。僕はその中でも特に、コミュニケーションの上手かったSさんをよくトレースした。僕はSさんに憧れていた。彼は、相手のまぶたのわずかな動きからもその人の感情を読み取り、その人が欲しいものを理解し、適切に気遣うことができる超能力者のような人間だった。でも彼は優しすぎたので、普通学級で心を病んで支援級に通っていたのだった。
僕がやったトレースは、コミュニケーションの上手い彼から見れば、表面的な猿真似にしか見えないお粗末なものだったとは思う。でも、僕には、中学時代の彼が自我の中に深く侵食している感覚があるし、もうずっと彼に会っていない今でも、彼との絆のようなものを感じることができる。
 
高校時代の僕は、電子工作をしたり、ロボットを作ったりしながら、それなりに楽しく過ごした。友人も一応できた。小学生の頃よりは、かなり良い学校生活を送ったと思う。だけど、常に暴力の危険があったし、僕のカーストはいつまでたってもピエロのままだった。
 
大学では人間関係を作らないことに決めた。理由は、なんとなく人間にうんざりしたからだ。一人で美術サークルをやって、一人で絵を40枚ぐらい貼ったりしていた。たぶん当てつけというか、ぼんやりした復讐心みたいなものがあったのだと思う。作曲もやるようになった。この頃は、一人で創作活動をしている自分はなんて社会性がないんだろうとか思っていた。物語概念を得た今になって振り返ると、やっていることが絵や音楽の時点でだいぶ社会性があるし、動機とかも人間らしいなと思う。
 
大学に入学してから一年ほどして、破滅した。人間が嫌だからといって、ADHD者が人間関係を断って学校生活を送るのは、とても厳しいと思った。高校時代、親身に僕の介護をしてくれていたNさんやOさんに、初めて感謝した。
 
カウンセリングに行くようになって、薬を飲むようになって、それから全部やめた。カウンセラーに生活のことを話していると、母親に学校であったことを聞かれて答えに窮していた小学生のころを思い出すのが嫌だったし、薬は錠剤がうまく飲めなくてむせたり吐いたりするのが嫌だった。家でなにもせず9ヶ月ぐらい過ごしたら、自然と体調は良くなった。
ずっと一人でいたことで、自我が変化した。自分がどういう人間かわからなくなって、そのことを気にすることもなくなった。社会に属していないと、たくさんの社会的行為を全て所有できなくなるので、自我が薄くなるのだと思う。このときの経験は、物語概念の構築にとても役立った。
 
今まで通っていた学科に行くのは何となく気が引けた。そこにあるもの全てが自分に敵意を向けているような、茫漠とした不安を打ち消すことができなかった。数学科に2年次編入しようと思ったが、ボーッとしているうちに編入試験の出願期間を過ぎてしまっていた。一年待つのは嫌だったので、大学をやめて手近なデザインの専門学校に入った。
僕は、人間関係を作りたくなかった。でも、そういうわけにはいかないということも身にしみて分かっていた。空気、サンドバック、ピエロの3つからしかジョブを選べないのはもう嫌だと思った。そこで、中学から高校に上がったときにしたように、高校の頃のコミュニケーション強者のWさんの言動を取り込むことにした。
Wさんは、Sさんとは全く違うタイプの強者だった。ものごとを決めつけ、粗暴で、何でも断言し、色んな概念を勝手気ままに接続し混同するタイプの人間だった。簡単に言うとジャイアンみたいな。彼は僕に暴力をふるってくるので、僕は彼のことが嫌いだった。憎んでいた。でも、自我のレパートリーを増やしたかったので、彼の言動を部分的にトレースすることにした。
 
それから、人間の行動原理についても、長い時間を割いて考えるようになった。そのなかで僕は、一般的にキャラクターコミュニケーションと言われているものの背後に、キャラクターが属する物語があるのではないかという着想を持った。そして、物語概念を体系化し、『呪詛・物語・社会』を書くに至った。
 
 
 
 
 
 
(次は8日目、主は来ませり(@zweisleepingさんです。)

彼氏がいるのにいろんな男を好きになってしまう—拗らせ複合女子大生の自分語り—

初めまして、サークルクラッシュ同好会幽霊会員の高科(@zibun_gatari)と申します。サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダーの6日目を担当します。よろしくお願いします。

アドベントカレンダーで予告していたタイトルからコロコロ変わって申し訳ありません。内容は最初からほぼ決めていたのですが、この数週間で色々考えたり切り口を変えたりしていた結果このタイトルに落ち着きました。

以下、(拗らせ)自分語りに入ります。

 

 

 

私にとっての「拗らせ」とは、定義が冗長になってしまうが「変えるのが不可能または困難なこと(過去や、顔立ちや性別などの生まれつきの属性)に執着し、認知や社会生活に悪影響が出ている状態」である。わかりやすい例としては、学歴コンプレックスを拗らせた結果「自分が低学歴だから馬鹿にされている」という被害妄想を抱いて人間関係に失敗してしまう、とか。今回は、私の執着と認知の歪み、その結果として今燻らせている願望について語ろうと思う。

 

これまでの経緯について語る前に、前置きをしておく。私の来歴にはメインテーマの他にもいくつか拗らせやコンプレックスを抱えるポイントがあるが、たぶん私には拗らせやすい性格的素因として、「優れた人間でありたい」という強いこだわりがあると思う。具体的には、所属集団において常に誰が見ても上位にいる状態でなければならないし、脱落者になったらもう立ち直れないだろうという気持ちがある。遅くても小学校中学年にはそういう考えが(言語化できないにせよ)あったと思う。高校までは、一応「本分」とされている勉強に関して、私は成績順で常に上位にいられたのである程度精神が安定していた。しかし大学入学以降は順位のような客観的数値が出てこない上、GPAの高さが知性の深さを証明してくれるというわけでもないので集団内での自分の地位がわからず、不安に陥りがちになった。正直このこだわりこそが諸悪の根源であり、これがある限り、今後の人生でもあらゆる失敗や躓きが拗らせの素になるだろうとほぼ確信している(もし大学受験に失敗していたら、学歴コンプレックスをひどく拗らせていただろうなと思う)。だからこのこだわりを捨てなければならないのだが、捨て方もわからなければこれという原因も思い当たらず困っている。親には愛されて育ってきたし。今のところ十分な考察ができないので、この記事ではこだわりについての深掘りはせずに、私の来歴を見ていく上での前提として提示しておく。

 

小学校の頃から適切な距離感でコミュニケーションを取るのが苦手で、運動神経が悪いことも加わっていじめられがちだった。オタクになったのは小5くらいから。Dグレ神田ユウが好きになってキモオタと化した。その後閉鎖的な田舎の中学から逃げて中高一貫に入ったのに、入学式の日の自己紹介で好きな漫画の話をしてしまい完全に中学デビューに失敗する。誰彼構わずアニメや漫画の話をする、身なりに気を使わない、萌えの感情が沸点を超えると奇声を上げて怪しい動きをする、など、昨日のみにょーるさんの記事(http://circlecrash.hatenablog.com/entry/2017/12/05/210348)での中学時代と見事に似た振る舞いをしていた。みにょーるさんと違ったのは、根暗コミュ障と積極性の低さのために快活でもなければ真面目カーストの上にも行けなかった(行こうとしなかった)こと。美術部という名の女子率98%のオタク集団に入った上、性に目覚めた中学生男子の振る舞いが生理的に無理になってしまい(お前もパスワードこじ開けてR-18BL2次創作回し読みしてたくせにな)、完全に男子との関わりを絶ってしまった。幸いいじめは無く、オタクの話ができる友達もかなりいたが、カースト上位の可愛くて運動部かブラバンに入っていた女子には被害妄想を計算に入れても馬鹿にされていた。それに対して「オタクが日本経済回しとるんやぞ!」とリアルで憤ったり、オタクの強さを示すために世界地理のテストで満点を取るのに血道を上げたりした(当時ヘタリアにハマっていたので)。ちょっとしんどくなってきたので高校時代の話に移ります。

高校に入って、年上の男性に告白されて付き合った。”女”として見られたことに舞い上がってしまい、色気付いてマンガと同人誌に費やされていた小遣いがファッション誌とスキンケア用品とヘアアクセに消えた。今思えば年下の芋いオタク女に手を出してくるの結構アレですね(余談:別れた後にTwitterを見つけて覗いてみたらかなりのロリコンだった。勝手に対等な恋愛のつもりでいたので、もしかして2次ロリの小中学生とと似たまなざされ方をしてたのかなーと思いつらくなった)。今思い返して言語化できるのだが、対等に見られてない感じにウッとなることが時々あった。が、なんだかんだ半年くらい付き合った。なぜならカースト上位の女子は数週間~数ヶ月周期でくっついたり別れたりを繰り返していたからである。交際のことはほぼ口外していなかったが、私はあんな頭パーの尻軽たちと違うんだ、ちゃんと一定期間付き合って無理そうだとはっきりしたから別れたんだと内心イキっていたし、もしかして学年の女子で一桁番目に処女喪失早かったのでは?!?! と順位を数え上げて喜んだりしていた。高校前半はこのようなひたすら気持ち悪い独り相撲で費やされた。別れたあとはまたオタクに戻って黒バスに熱を上げた。結局「男友達」は中高6年間を通じて1人もできなかった。

私のオタク生活は、大学入学を転機に終わった。内面的な要因としてはTwitterを本格的に使い始め、見知らぬ大学生・院生とも繋がったこと。他の人のツイートからメタ認知を身につけたり、リツイートで回ってきた真面目なオタク叩きの記事を読んだりして自分の中高時代のキモさを悟った。スクールカーストが低いのは顔が悪いせいだと思って容姿コンプレックスに陥っていたのも、顔より言動の痛キモさと身だしなみのなってなさのせいだと納得し、その後1年くらいかけて治した。Twitterの負の側面としては、メタ認知をやりすぎて自意識過剰になったことと、痛いオタクの言動に共感性羞恥を発動してしまい感情が乱れてしまうことが挙げられる。アニメを見なくなった環境面の原因には、下宿のテレビに録画機能が無かったこともある。ニコニコで最新話を追えばいい話なのだが、娯楽のない田舎と厳しめの両親から解放されて京都に出てきた私は自由な生活にテンションを爆発させ、毎日外で遊び歩いていた。森見登美彦作品の世界観に憧れていたので、オタサーには入らずサークルクラッシュ同好会を始めとする「変わった」サークルばかり見ていた。こうして私は深夜アニメを見なくなった。アッサリとオタクをやめてしまったことは自分でもわりとショックだった。本当に2次元コンテンツが好きなら(呪いの構文だ)さっさとバイトを初めて録画用のハードを買えばよかったし、睡眠時間を削ってニコ動を見ることもできたはずだ。私は自分で思っていたほど二次元コンテンツを愛していなかったのか? オタクになる前から小説を読むのは好きだったのでそれを趣味にし直そうと思ったが、見回してみるとドストエフスキーを原書で読んだとかそういうレベルの読書好きがたくさんいた。私はそれまで岩波文庫を1冊も読んだことがなかった。絶対に彼らに勝てないと思った。趣味の領域で優劣を持ち込むのがおかしな話なのだが、その後も同様の理由で中高時代のオタクコンテンツよりも熱中できる趣味を見つけられず、Twitterではオタク構文を使い、気が向いたら漫喫に行って、時々ハヤカワSF文庫を読み、趣味の合いそうなフォロイーがおすすめする映画を見る程度の「オタク気質でサブカル周辺を漂う無趣味人間」になっている。無趣味であること(≒何も極められないこと)もそれなりに拗らせてしまっていると思う。

かなり脱線した。実は大学入学以降の女オタ辞めでについて最も強調したいファクターは、新たな女オタク友達を作りづらかったことである。中高の経験から、自分のような性格の人間が初手でオタク・カミングアウトをすることはカースト最下層への転落と同義だと学習していたので、同類を見つけることが難しかった。実際には大学にカーストなどほぼ無かったのだが。さらに、仮に自分がオタバレして構わないと思っていても、オタクの話を振ってみた相手がオタ隠しをしたがっている場合はアウティングになってしまう。周囲の目がある場で女子同士が少年漫画の話をするのは(たとえ萌えやCPの話題でなくても)オタクのレッテルを貼られる危険性がある。これは女子に限った話ではなく、自分がメインターゲットの属性でないコンテンツの話をする場合には共通のことであるように思う。男性が好きな少女漫画の話をするのには少年漫画の話をするよりも勇気がいるだろうし、中学生以上が公共の場で女児向けアニメの話をしたら「イタいオタク」と思われうるだろう。もちろん男性オタクの方がキャラクターに性的な視線を向けても許されやすいとか、オタクの間での女オタク叩きとかの問題も全く無関係な話ではないと思うが、ここでは深入りしないでおく。とにかく、大学に入ってから「オタク友達」としての女友達は1人もできなかった。中高の友達と話してみても、「大学の友達とオタク話はできない、こういう話ができるのは中高の人とだけ」という人がある程度いるように思う。

その点で、男子との方が漫画の話をしやすかった。男子となら、公共の場で少年漫画の話をしていても「痛いオタク女」ではなく「漫画の話もわかる女子」になれる(この思考は私の認知の歪みと内面化されたミソジニーによるものです)。ただ、男子とそういった話ができるようになったのは最近の話だ。大学には男子校・女子校出身者が多いせいか異性に対して挙動不審になる人間は珍しくなく、私も浮かずに済んだのだが、友達として親交を深めるのは別の話だった。そもそも人間関係の構築に時間がかかる性格なのに、コミュニケーション手段であるオタクコンテンツの話も封印していたため、1回生後期の時点で友達が男女合わせても片手に収まる程度にしかいなかった。しかも、その後数少ない男友達が恋人になり、そのことに懲りもせず舞い上がった結果、1年間くらいは恋愛にのめり込んでしまった。あまりに彼を生活の中心に置きすぎて勝手にメンヘラになったりしたので、いろいろな人間関係を構築しようと意識し始めたのが1年と少し前の話である(恋人とは対等に接することができる間柄だし、現在まで安定した交際が続いている)。サークルやTwitterのオフに積極的に顔を出してみたおかげで、3回生にして交友関係はだいぶ広く深くなった。上記のように男子とはよく漫画とか、あとは映画や小説などのコンテンツの話をする。物語構造を哲学用語で語ってみたりするのが、一種サブカル・マウンティング的なスリルもあってすごく楽しい(本質主義的な男女論は語りたくなく、恐らく社会的要因があると思うのだが、女性同士のコミュニケーションでこれをやろうとすると嫌われる気がする)。

話が散漫で綿密に自己分析しきれなかったが、ここまで男友達というものに執着する理由は、キモオタだったせいでカーストが低く、中高時代に男子に相手にされず、友達を作れず、まともな恋愛関係を結べなかったことへの代償行為なのだと思う。おそらく同じ理由から最近困っているのは、こういう話ができる仲のいい男性をすぐに好きになってしまうことだ(実はこれが今回のメインテーマです)。人数比で考えた時に、これまで会ってきた同世代男性に優しくされた経験が少なすぎて、未だにちょっと優しい言葉をかけられただけで嬉しくなってしまう。最近ヤバかったのは、たまたまアカデミアのパワハラ・セクハラ問題の話題になった時に「研究内容以外で辛い思いする必要なんて全く無いんだから、もしそういう目にあっても高科さん負けないでね(意訳)」と言われたことだ。女として見られたい一方で、男女比が偏りまくった理系学部での腫れ物に触るような「女扱い」にも辟易していた私にはその言葉がものすごく沁みた。1週間くらいハイテンションだったし、我ながら何様だよという感じだが「顔も好きだしもしフリーだったらセックスしてたな……」と考えたりした。恋人のことが一番だし、何より内面や性格もよく知った上で好きなので浮気や乗り換えは考えたことはないけれど、それはそれとして舞い上がってしまう(舞い上がったあとひどい罪悪感に襲われる)。このことについて色々手書きメモを取りながら考察したものを見返すと、「話してて頭がいいと思われたい」、「『あの時セックスできたかもな』みたいな感じで一生相手の記憶に残りたい」、「村上春樹っぽい固有名詞を出したけだるげな会話をしたい」など限界な内容ばかり書いてあって頭を抱える(村上春樹を読んだことはない)。性的な欲望が入った目で見られたいけれど、それを言葉や身体接触といった形では表現されたくない(断ったら気まずくなるし、うっかり受け入れて色々なものが破綻するとも限らないから)。もちろん、そもそも最初から実際にはそういう視線を向けられてはいないのである。しょっちゅうこういう妄想をしていている自分が心底気持ち悪い。書いていて気づいたけど、「性的な欲望が入った目で見られたいけれど、それを言葉や身体接触といった形では表現されたくない」という願望は、絶対にその成就を確信できない構造になっているので永遠に満たされることがないですね。頭では願望の無茶さを理解できたので、今回の悩みや変な願望が薄くなって消えてくれるといいなと思う。しばらくは、自制心を保ちながら平和な友人関係の構築に慣れて、中高時代の無念を穏やかに浄化したい。

 

 

 

私のまとまりが無い話にお付き合いくださりありがとうございました。

明日は完全なQ体(@torchfish_story)さんです。よろしくお願いします。