新歓リレーブログ企画 リンク集

みなさんこんばんは〜

サークルクラッシュ同好会新歓リレーブログ企画を開催していたろくじ(@rokuzi_am6)です。

(一応)全ての記事が出揃ったので、リンクまとめを作成しました。

まだ投稿されていない方も投稿し次第追記するのでいつでもご連絡ください〜。

 

1日目
ろくじ(@rokuzi_am6)
新歓リレーブログ企画「あなたにとってサークルクラッシュ(同好会)とは?」

am6.hatenablog.com

 

2日目
藍鼠(@indigo_mou5e)
誕生日に生き方の転換ができた話

indigomou5e.hatenablog.com

 

3日目
桐生あんず(@anzu_mmm)
6年間ほど在籍していたサークルクラッシュ同好会を卒業しました

kiryuanzu.hatenablog.com

 

4日目
なんたい
サークラ同に入った理由とか性癖とか反省とか

mollusca113.hatenadiary.jp

 

5日目
永井冬星(@tosei0128_)
摂食障害はつらいよ 社会不適合者はたまにはサークラ同好会に帰りたい

everwell.hatenablog.com

 

6日目
雪原まりも(@uhn58)
半導体製造工程で学ぶメイクの基本

circlecrash.hatenablog.com

 

7日目
やまのまひろ(@KALAMASAHIRO)
楽しい学生生活と、初めてのクラッシャーの思い出

yamanomahiro.hatenablog.com

 

8日目
さら
マンションの11階で生きていること

circlecrash.hatenablog.com

 

9日目
Silloi(@silloi93)
(記事削除済)

 

10日目
まるちゃん (@marusingfire)
「ひと休み」のススメ ~サー同はいつもあなたのそばに~

marusingfire.hatenablog.com

 

13日目
ちろきしん(@taikai_sha)
ホリィ・センに勝ちたかった

nakanoazusa.hatenablog.com

 

15日目
ホリィ・セン(@holysen)
サークルクラッシュ同好会とは何か? その戦略の全貌

holysen.hatenablog.com

 

16日目
こじらせ神(@Help_MyKojirase)
私が「こじらせ神」になった訳

koji-rase-god.hatenablog.com

 

17日目
せーや(@seiyann1224)
ルッキズムに堕ちる

circlecrash.hatenablog.com


全部で14人の方にブログを書いていただくことができました。ご参加いただきほんとうにありがとうございました。
投稿に至らなかった方もいらっしゃいましたが、「書くよ〜」と言っていただけたことがとてもうれしかったです。
この企画が、書かれた方と読まれた方の何かしらの役に立てていることを祈っています。

サークラは随時会員募集中です。現在活動はdiscordを使ってオンラインで行っています。ぜひお気軽にご参加ください。

 

ルッキズムに堕ちる

この記事はサークルクラッシュ同好会(以下、サークラ)リレーブログ2020の17日目の記事になる。

 

※私は2018年梅雨頃から2020年2月まで諸事情のためサークラに参加しておらず、乖離している箇所もあると思われる。また書き殴りである。

 

①私にとってのサークルクラッシュ

 まず、サークラに入った経緯を説明する。

 元々、私はゲストハウスに住み込みでフロントとしてアルバイトしていた。英語・中国語を活かせ、家賃も浮くこの生活に満足していた。しかし、老害のオーナーとぶつかることが増え、ゲストハウスから出ていった。ホームレスになるところだったが、さくら荘のリビングにしばらく泊まることができた。泊まり始めて数日後に男女二人組がやってきて、リビングで雑談することになった。結果、入会費も無料ということもあってサークラに入ることにした。単に入会費が無料というだけで入ったわけではない。なぜ私はサークラに入ったのだろうか?

 私は一年生の時に10個以上のサークルに入っていた。しかし、色んなサークルで人間関係に悩まされることになった。以下、あるサークル内における実体験である。Aちゃんは私のことが好きだった。Aちゃんが気になっているBくんは私に敵対心を向け裏で私の悪口を言いふらした。人間の醜さを感じた。結局、Bくんをサークルから追い出し、Aちゃんとも付き合った私であったが、付き合ってからAちゃんは自殺未遂を図ったり、包丁を振り回すなどメンヘラ的一面を見せ始め、壮絶な別れを遂げた。私はそのサークルとメンヘラ彼女が連想されるため、そのサークルを辞めてしまった。他にもサークルの幹部の先輩に告白されて振った都合から、サークルに行きにくくなり辞めたこともあるし、サークルの後輩と付き合い、別れた後も役職の都合上しばらくはサークルに残り、表面上は仲良くして凌ぐといった「サークルクラッシュ」を既に何度か味わっていた。

 そういった経験をしていた私にとって、サークラは非常に面白そうな団体に見えた。また、当時家なき子であった私は社会の主流から外れ、異端派になった人が多く所属しているように見えたサークラに同感を持てた。これがサークラに入った主要因である。

 私にとって、サークラは社会の主流に馴染めない或いは馴染む気のない方々と交流して、様々な思想を知ることで、自身の知見を広げる場であり、ジェンダー、メンヘラ、性愛、こじらせといった日常では話しにくいテーマを取り上げられる貴重な場になっている。それ故、やみを自己開示できるところがサークラの魅力と思われる。

 しかし、サークラは「サークルクラッシュ」が起こりやすい場所でもあり、承認に飢えたサークルの姫を生み出す温床と化している。男女比が偏っており、捻くれ姫に幾らかの男達が「囲っていない」と謳いながら囲っているように感じた。

 

②自分語り

 あなたは「ルッキズム」という単語を知っているだろうか。ルッキズムとは外見主義や外見差別といった意味合いを含んでいる。私は「ルッキズム」を数年前から言っていた。私は自身のルックスを気にしており、周りからも色々言われることが多く、昔から「ルッキズム」の事象に注目していた。勘違いされることが非常に多いが、私自身はルッキスト(外見差別主義者)ではない

 私は小学校高学年の頃から自分の顔が嫌いで、親にも文句を言っていた。しかし、小6の時に急に私のルックスが評価され、初めてのモテ期を味わった。中学生になってから現在まで自分のルックスに対する自分の評価と他者の評価に差があるように感じる。女の子が容姿が醜いだけでいじめられたり、ルックスを基準にグループが分かれる現実を中学の頃から認識していた。また、高校(特に大学)以降はチャラそうなどと言われ、外見のせいで勉強ができなさそうと扱われる現実と向き合ってきた。

 それから、私は日常生活の中で「ルッキズム」を見出し、批判的に考えた。元々捻くれている性格もあり、そこには偏見も多く含まれてしまう。可愛いルックスと若さを振りかざして調子に乗る女などが代表例である。

 しかし、私自身もルッキズムに堕ちていることを自覚してしまう。美女を見た時に私はルックスに頼り、苦労することもなく、チヤホヤされてきた人間と捉え、第一印象にヘイトが入る。しかし、話してみると、色々苦労している子もいる。そういう子には共感できる部分が多く、予想を裏切られて好感度がすごく上がってしまうことがある。結果的にルックスが交際に大きく影響を与えてきた事実に気づく。

 また、大学入ってからも深夜にファミレスに行き、勉強に投資してきたが、それも知的好奇心だけでなく、周りからの「勉強できなさそう、チャラそう」という偏見に対するギャップを作り出したいのかも知れない。

 また、私は「美人系」より「可愛い系」が好きである。男性に関しても、中性的で可愛い顔のイケメンが好きである(目の保養であるが、恋愛対象ではない)。昔、道場で怖い大人に怒られて殴られることが何回かあり、それが本当に辛かった。この経験が原因だと思うが、見た目に対する好みもある。

 以上から私自身もルッキズムの呪縛から解放されていないんだなと感じる。故に私は自己批判を続けており、容姿に関わらず皆に優しくありたいと思う。現在はルッキズムにうまく向き合いながら生きていく所存である。言いたいことは沢山あるが、長くなってしまうのでここで終わる。

 

 私はサークラにあまり参加しておらず、影も薄くトリを飾るような人間ではないが、現在のところ、私の記事をもって最後のようである。

 ご高覧いただきありがとうございました。

マンションの11階で生きていること

これはサークルクラッシュ同好会の新歓リレーブログ企画8日目の記事です。


おひさしぶりです、さらです。
なにも書けるものがありません。

しかし、それではカレンダーに空白ができてしまいます。なにか適当な文章はないかと、iPhoneのメモ帳を漁ってみると、ちょうど一年前の昨日の日記*1が出てきました。noteに掲載したけれど、露悪的だなあと思ってやっぱり消したものです。


・・・・・・・・
‪2019/04/19 01:01‬

‪東京に来てから、××がきません。‬
‪私はこちらに引っ越してから、ベッドからほとんど動けませんでした。‬
‪それでも体は清潔にしなくてはならない。鉛のような体を引きずってお風呂場に向かい、洋服を脱ぐと肋骨が3本浮いていました。はっきり突き出た腰骨は叩くとよい音がします。肉でなく粘土でこねたお人形のような体。私はガラスと金属でできた体重計に足をのせます。足裏が冷たい。158センチの私はなにもかもが削げ落ち38キロになっていました。‬

‪端的に、痩せすぎたのだろうと思いました。‬
‪それでもなんだか×××なので、最寄りの×××に行くと、わっとするほどの人集り。××××××××××××××××××××××××ですね。××××××。‬
‪×××は受付で一人一人に番号の書いたレシートみたいな紙が渡されます。そこに印刷してある番号で呼ばれるのです。一時間半ほど待って、お医者さんから「様子を見ましょう」と言われます。最後は紙についているバーコードを自分でスキャンしてお金を払いました。××××円。‬

‪家に帰って、私はメルカリで喪服を探します。なぜならば5月の始めに××の×回忌があるのです。‬
‪私は痩せすぎているから、5号のお洋服が必要。小さいサイズはなかなか種類がなくて、婦人科で支払ったせいでお金もなくて、私はようやく見つけた××××円の喪服を購入しました。‬

‪私はまだ越したばかりのここの住所を覚えていない。‬
‪以前、京都から東京のこの家まで宅配便を送ったので、その送り状を財布から抜き出すと、先ほどの病院の診察券が一緒に落ちてきました。
‪ねえ、これ、私の名前が間違っている、私はそらじゃない、私はさらです、私はそらじゃない、そらじゃない、そらじゃない、さら、さら、さら、さら。お父さんとお母さんが考えてくれた、世界で一番かわいい名前。‬

‪一つの些細なことで、足元からガラガラと私が崩れていく、それは誰かに言うと笑われてしまう、ほんの些細なことで、それなのに私はわあわあと泣いてしまう。‬
‪いけすかない病院で××××円も払ったのに、××の×回忌のためには××××円しか払えないのか、ちゃんとしたお店でちゃんとしたものを買うべきではなかったのか、次は×回忌なのに、あと×年も待つのに。生と死が、安くて陳腐な生と死が一日の中でひしめき合って、私はもう駄目になってしまう。それでも、ここから、11階のこの部屋から飛び降りない限り、朝はやってくるのです。‬
・・・・・・・・


おしまい。
一週間くらい前、ひさびさに体重を測ったら××キロになっていました。43キロがちょうどよくで××キロまでは許せる、でも××キロは気持ち悪くて許せなくて、糖質制限ダイエットしていたんだけど、ちょうどさっき、中華料理屋さんで××××××と×××××と××を食べました。人間って、炭水化物を抜くと性格がキッとなりませんか。わたしだけかな。このダイエットは、炭水化物はだめなのに、タンパク質をたくさん摂らないといけなくて、そのために食べたくないものをたくさん食べなくてはならないのが不快でした。全体的に食事を控えて運動をする方がいいなと思いました、ってそんなの当たり前で、

あとはなんだろう、もっと過去の話、クリスマスのアドベントカレンダーを投稿したあたりは完全に元気だったのですが、その数日後にコインランドリーで××を盗まれて気持ちが陰り、それからしばらくして駅から家までの道で×××に遭い、××とか××とか言われたけど、もうこればっかりは無理、限界ですとなりました。慣れてきた仕事にもまったく行けなくなってしまって、自分自身の調子の良さも失われてしまって。ああ、もう、こんな気持ちのまま、春がやってきてしまったらどうしようと思っていたら、病気が流行って、街は静かになりました。東京は雨ばかりで、寒くて、まだ冬物のコートを着ています。4月もおしまいなのに、外で息を吐くと白くなります。わたしの願いによって今年の春は死んだのだと思います。でも、そんなのはただの偶然で、

あ、×回忌はちゃんと届いた喪服で参加しました。××××円で叩き売られていたのに、きちんとした生地でポケットにはしつけ糸がついたままで、見たかぎりは新品のようで、以前、急に手に入れたものよりも上等なくらいでした。フレンチスリーブでハイウエストの黒いワンピースに揃いの黒いジャケットを羽織って、黒いストッキングに、黒い靴と鞄。玄関で鏡を見て、これはとてもよく似合ってるなと思ったのを覚えています、そのあと、

いや、ちがう、書きたくない、わたしはこれ以上、自分を傷つける自己開示をしたくない。

そう、一つだけ書きたいことがあります。去年のわたしの肉体はお人形みたいだったようですが、今年のわたしは、石の粉からできた粘土をこねて、お人形を作っています。去年の昨日、自分の体の写真を撮っていればよかった。肋骨の浮き出た女の子の人形を作ろうとしているのですが、今のわたしはあまりにも健康的な体つきで、参考になりません。
とっくの昔に、東京の住所はそらで言えるようになりましたし、名前を間違えれることなんてあれ以来ありません。
ねえ、わたし飛び降りていませんよ。

*1:わたしの投稿が遅すぎたせいで、正確には一年前の一昨日の日記

半導体製造工程で学ぶメイクの基本

※「あなたはなぜサークルクラッシュ同好会に入ったのか」6日目の記事です※

5日目の記事は永井冬星(id:tosei0128)くんの「摂食障害はつらいよ 社会不適合者はたまにはサークラ同好会に帰りたい」でした。ほっかいどう~

everwell.hatenablog.com

 

新年度です。

入学や入社で環境が変わった方も多いと思います。

大学生になる方、社会人を始める方、おそらくメイクを始める方も多いのではないでしょうか。

なにを隠そう、私自身が大学を脱出して会社人間になってからメイクを始めました。週末女装して過ごすことが多くなったからです。同じように、この春から週末女子を始めてみようと思っている方も多いと思います。

私はメイクを教えてもらうにあたって、サークルクラッシュ同好会のたくさんの方に教示をいただきました。興味深いことに、メイクのやり方や方法論は各人少しずつ違いがあり、メイクについて一人一人インタビューしてみるなんて企画を私は胸の内に温めていたりします。

この春は、私がメイクを習い始めて4年目に入らんとする春です。まったくメイクを知らないけど興味はあるという方に、今度は私が教える番なのではないでしょうか。もちろんメイクのやり方を教えてくれるサイトはたくさんあります。しかし、先ほども書いたようにメイクとの付き合い方は十人十色。メイクは学校の「教科」として編成されていない(けどみんなやっている)のでそれも当然です。だから、周知のテクニックでも私なりに「メイクとはこういうもの」という考え方とセットで提示するのには意味があるでしょう。この記事がthe happy fewに届くことを願っています。

そして女装男子を目指す皆さん、ぜひ先輩の後に続いてください。

 

メイクの目的

どんな技術にも目的があります。

生物のような行き当りばったりの「盲目の時計職人」とは違って、技術は人間の人間的な目的のために精緻に編成されています。メイクの技術。その目的は顔の印象を変えることです。もちろん若々しく、整った、魅力的で美しい顔面は相手の好印象を引きだすだけでなく、自分が相手に対して堂々とアピールする自信につながるでしょう。メイクが「武装」に比喩されるゆえんです。しかし、私はこれはメイクの目的をあまりに短絡していると考えます。老けメイクがあるように、メイクは当たり前からの逆行や逸脱を成し遂げる技術でもあるのです。

変化。変化です。

メイクは相手の印象を変え、自分の中の自分を変える技術です。

 

メイクの方法

では、以上の目的はどのような方法を通して達成されるでしょうか。それは、顔面の皮膚に様々な物質を塗ることによってです。塗られる物質が塗料(特に水に不溶な染色塗料を顔料といいます)、塗料が形成する膜が塗膜です。車の外装は塗膜に覆われてあのなめらかなフォルムを際立たせています。

メイクとは塗る技術です。

もちろん、メイクとは描く技術でもあります。多くのメイクの本はこの描き方に焦点を当てています。しかし私は工学的視点から、「いかに塗るか」に焦点を当ててメイクの技術を体系づけてみたいのです。これはすなわち、自分の顔の表面で膜がどのように形成されるかをイメージするということです。

 

メイクの道具

方法は明確になりました。次は、用いる道具について考えていきます。

道具は大きく分けて二種類あります。塗られる塗料と、塗るための工具です。顔には様々な部位があります。最も重要な部位は目、そして眉とまつ毛。それから口、鼻という開口部、額や頬や顎といった平坦部があります。それぞれに適した塗料があり、その塗料を塗る工具があります。しかし最も重要な工具は自分の指です。様々な工具はこの指の働きを補助するものです。そして、指の操作は目を通して入力される光信号を処理してフィードバックをかけながら行われますから、そのための光学機器(鏡)が必要です。あと、工具箱としてポーチがいりますね。

しかし、しかしです。これはメイクの半分しか見えていない!

人間の顔面はもともと塗料を塗られるようにできているわけではありません。ですから、塗料が顔面にうまくのるような下処理が必要です。私が言いたいのは、洗浄(クレンジングオイル)、研磨(髭剃り、毛抜き)、改質(化粧液、乳液)のことです。そうしてはじめて塗料がうまいこと皮膚になじみ、意図したメイクアップがもたらされるのです。

 

メイクをばなににたとへん

こうしたことは、もちろん日頃メイクをされている方は当たり前に、ほとんど無意識のうちに理解していることです。しかし、まったくメイクの習慣がなく、ゼロからメイクを始めようとするとき、この「コーティング」がうまくイメージできず、どういう道具をそろえて何を始めればいいのか途方に暮れてしまうのではないでしょうか。

いったいどういう技術と比較すればメイクをうまく説明できるだろうか。それはメイクをしない人にとっても身近でありふれた題材でなければなりません。そのとき私はひらめいたのです。この記事を読んでいるあなたが覗いているスマホ。その画面の裏で微熱を発しながら働いている半導体

これ以上に身近な題材があるでしょうか?

なんとなれば、その半導体はシリコン結晶を薄く切り出したウエハーという「顔面」に様々な塗料を塗りつけ微細な構造を形成することで作成されています。半導体製造工程は複雑多岐にわたり、全ての見通しをつけることはとても大変です。私が着目したのは、フォトリソグラフィという工程のコーティングです。ウエハーの顔面に意図した配線を描き出すのをイメージしながら、メイクの基本を納得していただければ幸いです。

 

ウエハーとはなにか

ウエハーは古風な喫茶店のアイスクリームについてくるお菓子のウエハーと同じ言葉で、薄い板を意味します。半導体は導体(金属、周期表の左側)と絶縁体(有機物など、周期表の右側)の中間に位置し、電気を一方向に通したり増幅したりします。そのために、周期表の真ん中にあるシリコン(ケイ素Siの純粋な結晶)にプラスやマイナスの電荷を持たせます。ケイ素は地球上に最も大量にある元素。安価で工業価値が高いです。半導体で言うウエハーは、シリコンの薄い板のこと*1です。

 

化学的・物理的研磨(洗顔とムダ毛処理)

切り出したウエハーの表面はラフで、そのままでは細かい配線を描き出すことはできません。それをできるだけぴかぴかに、真っ平らに磨き上げること。これをCMP(Chemical Mechanical Polishing/Platening)といいます。

CMPではスラリーと呼ばれる研磨剤を使用し、ブラシを回転させてウエハー表面の凹凸を削り落とします。どのように凹凸をなくしているのかのメカニズムは、物理的に研磨剤がぶつかるのと、シリコン表面への化学反応によるのとの二説があり完全に明らかにはなっていません。

人間の顔面もウエハーの表面と同じようにラフで、放っておくと垢がこぼれ皮脂が滲み毛が生えてきます。垢や油脂は普段使っている洗顔料で落とせばいいですが、問題は毛、特に髭、もみあげ、眉毛の処理です。

メイク前には(覚悟の問題ですが)顔面全体に髭剃りを当てるくらいのつもりで、ムダ毛を落とすことが工学的理想です。

もみあげや目元の毛は髭剃りで剃ればいいでしょう。眉毛の形は眉毛用の剃刀で整えるか、あるいはすべて剃り落すかです。形を整えるだけなら毛抜きで抜いてもいいと思います(私は抜いています)。眉尻の広がりと眉と眉の間の毛は必ず処理が必要です。口もとの髭はできるだけ深剃りする必要があり、青髭を避けるために抜ける範囲で抜いたほうがいいです(私は抜いています)。青髭は、コンシーラーやチークで補正できますが、女装の敵です。でも私はまだ脱毛には手を出してないです。

CMPはリソグラフィの準備として非常に重要です。ウエハー表面の平坦化技術によって数十ナノメートルレベルの正確な配線の転写が可能になりました。髭の処理は特に面倒ですが、CMPの重要性に思いを馳せながら鏡に向かってください

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表面改質(化粧下地)

顔面の皮脂や垢は顔の保湿や撥水、菌叢(バイオーム)のコントロールといった物理的・化学的免疫効果を持っています。これを洗顔料で除去し、髭剃りで傷つけてしまったわけですから、むき出しの皮膚をカバーする必要があります。さらに、これからメイクで塗布するファンデーションののりを良くする必要もあります。

CMPをした後のウエハー表面も、シリコン結晶がむき出しになっています。これに空気中の水分が反応して、シラール基(Si-OH基)が形成されます。ところがこれからウエハーの上に塗布するのはレジストという感光性プラスチックを有機溶媒(シンナー)で溶かし込んだものです。これは水と相性が悪く、この後の現像工程で、ウエハーとレジスト膜の間に水が入り込んで剥がれる原因になります。レジストがウエハー表面としっくりなじむように、表面の化学的性質を親水性から疎水性に変化させなくてはいけません。つまり、水っぽい表面を油っぽくする必要があります。

これを実現するのがHMDS(hexamethyldisilazane)です。シラザン(Si-N結合)を2つ持ち、ケイ素の先に6つのメチル基(Si-CH3)がついた、アンモニアのお化けのような分子です。これがシラール基をメチル基に置換し、自身はアンモニアに分解されます。

HMDSはどこが優れているのでしょうか?

ウエハー表面につくる配線にとって金属イオンは大敵。さらに、メンテナーやオペレーターが行き来するクリーンルーム人体に有害な物質はできるだけ出したくありません。そして大量生産の効く安価でシンプルな材料が求められます。これは化粧品にもある程度当てはまることです。古来、鉛や水銀、ヒ素を用いた顔料で多くの中毒者が出ていました。現在は(動物実験などで)安全性を保障された顔料が使用されています。

閑話休題。化粧水は水にアルコールやグリセリンといった、ヒドロキシ基のついた保湿成分を配合したものです。HMDS処理とは逆のことをしているわけですね。この後乳液を塗りますが、そこには界面活性剤が含まれていて、油との相性を良くします。つまり、皮脂の代わりをしているわけです。そして、その後に塗るのが化粧下地です。HMDS処理がプラスチックのレジスト膜をウエハー表面になじませるように、化粧下地は皮膚とファンデーションをなじませ、汗でファンデーションが浮き上がらないようにする働きがあります! 

まとめると、

化学的・物理的研磨を行ったお肌は化粧水や乳液でケアし、化粧下地で表面改質をする

ということです☆ 

納得できましたでしょうか。ちなみに、HMDS処理ではオーブンで200℃以上に加熱してHMDSを完全に分解し排気・乾燥させますが、私は時短のためにスキンケアの後にドライヤーを使うことがあります。いいのか悪いのかはよくわかりません。

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スピンコート(ベースメイク)

半導体のコーティングには大きく分けてCVD(Chemical Vaper Deposition)とスピンコートがありますが、前者はガス状の気体原料を熱や光で励起して表面に積もらせていく方法でメイクには全く参考になりません。ここではレジスト塗布の一般的な方法、スピンコートを説明します

レジストとは文字通り抵抗resistする物という意味です。フォトリソグラフィは、レントゲン写真の要領で、紫外線をマスク(体)に通してレジスト(フィルム)に露光することでマスクの配線(骨格)をウエハー表面に写し取る技術です。レジストは光の当たった部分だけ溶け、そこがウエハーが削られて配線されます。ウエハーを削ることをエッチング、削るプラズマをエッチャントといいます。

かわいいですね♪

このエッチャントに抵抗するからレジストなのです。

露光するとき、紫外線がウエハー表面で反射することでレジストに干渉縞の段ができてしまいます。これを防ぐために紫外線を吸収する反射防止剤ARC(Anti Reflection Coating)を塗ることがあります。レジストの前(bottom)に塗るのをBARC、レジストの後(top)に塗るのをTARCといい、BARCは現像中に水が入ってこないように疎水性、TARCは現像中に中和して水に溶けるように酸性となっています。

レジストやARCをウエハー表面に少量(1ccほど)たらし、ものすごい高速で回転させて1μmほどの膜をつくるのがスピンコートです(回転数はレジストの粘度で決まりますが、およそ4000~6000rpm)。レジストは結構値段が張るのですが、表面に残るのはたらしたうちの1%程度、のこりは振り切れて廃液されてしまうというたいへん贅沢な方法です。無駄をなくすために、インクジェットの要領でウエハー表面をスキャンするケチくさい方法も開発されています。

スピンコートは配線の間を絶縁する絶縁膜を塗布するときも使われています。これには大きく分けてポリシロキサン(polisiloxane)とポリイミドがあり、それぞれSOG(Spin on Glass)とSOD(Spin on Dielectric)と呼びます。シロキサンはシラン(ケイ素)オキシゲン(酸素)アルカン(有機物)が結びついた構造で、これを加熱するとガラスglassのようにゲル化します。ポリイミドには感光特性を持たせることもできますが、SOGはもっぱら配線ででこぼこした表面の平坦化に用いられます。

……さて、これはメイクの話でした。

もちろん顔をぐるんぐるん!と振り回してメイクするわけではありません

しかし、すでに重要なキーワードがたくさん出てきています。紫外線の吸収はメイクにとっても重要なので、乳液や化粧下地には日焼け止めの成分が含まれていることが多いです(BARCの要領です)。そしてその上に塗るのがファンデーションです。ファンデーションfoundationとは文字通りメイクの「基礎」となるもので、顔面全体に一番大量に塗る化粧品であり、顔のトーンを決めます。

トーンにはイエローベースとブルーベースがあると言われています。人間の色覚は三つの錐体細胞の組み合わせで構成され、それぞれ波長の長い方から順に赤(Long)緑(Middle)青(Short)の光を吸収します。ということは、を吸収する物は目がを受け取ってシアンに、を吸収する物は目がを受け取ってマゼンタに、を吸収する物はを受け取ってイエローに見えるということで、この関係を補色と言います。*2

イエローベースということはどちらかというとを、ブルーベースということはどちらかというとを吸収する肌で、

イエローベースの人はを吸収するベージュ系のファンデーションを、

ブルーベースの人はを吸収するオークル系のファンデーションを

使う方がいいということになります。理屈では。ちなみに、この3色色覚を獲得したのは樹上生活をしていた私たちが熟した果物を見つけるためと言われています。

青髭を隠すのも同じ原理で、肌の下の髭が比較的を吸収して青く見えるので、を吸収するピンクオークのコンシーラー(スティック状のファンデーションで油分が多く、クマやシミを隠すのに使います)やオレンジのチークを使って目立たなくします。

ファンデーションにはもう一つ重要な働きがあります。それは毛穴の凸凹(でこぼこ)を埋め、凹凸(おうとつ)のないなめらかな肌にすることです。まさにSOGの働きですね。

最後に、こうやって何度も重ね塗りをするのはたいへん面倒ですね? 時短メイクのために乳液とファンデーションが一体化したBBクリームオールインワンファンデーションがおすすめです。*3

どうでもいい付け足しをすると、スピンコートではウエハーの縁にレジストが回り込んで残ってしまうエッジビードができます。これを放っておくとウエハー搬送の際に乾いたレジストが飛び散ってパーティクルの原因になるので、シンナーで洗い流し、さらに縁だけしっかり露光して現像時にもう一度洗い流すという手間をかけます。メイクでは反対に、エッジビード(生え際)の塗り残しに気を付けて、顔周りはウィッグで隠して小顔効果を狙うなどしてください。

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OPCをかけよう!(アイメイク)

ついに製造工程の本番、フォトマスクによる露光がやってきました。

ここで問題になるのは、マスクに描かれた配線をどこまで正確にウエハーに写し取れるかということです。

正確さを期すためにはマスクをウエハー表面にくっつけるコンタクト露光が理想ですが、そうするとレジスト剥がれが起こるので、一定の距離をおく縮小投影露光が行われています。しかしプロジェクターを思い浮かべると分かりますが、投影する画面にきちんと焦点を合わせなければ映像はぼやけてしまいます。レジストの厚み分の焦点深度を確保するために、露光の波長を短くし、屈折率を減らすためにレンズとウエハーの間を水で充たす液浸露光が主流です。しかし、たとえ焦点を合わせたとしてもマスクを通した光は干渉しあい、意図した像を結びません。そこで、干渉を見越してその分マスクをゆがめておくOPC(Optic Proximity Correction)で補正をかけます。

メイクの考え方も、このOPCと同じだと思います。人間の視覚効果に働きかけて、目を大きくくっきり見せる補正を行うのです。最先端の製造工程ではマスクを見ても投影する配線が分からないくらいOPCをかけまくるらしいですが、

同じくらいの意気込み目の周りにOPC(Optic Proportion Correction)をかけまくる

これがアイメイクです。

まずはアイブロウ

眉頭をぼかし、眉尻をかきたして柔らかな雰囲気をかもし出します。女装にはブラウンがよいです。逆に、眉頭が内側で目に近いと目鼻立ちがくっきりした印象になるので、男前に見せるには眉頭近めに、色はグレーでかくのがいいでしょう。ペンシルタイプが書きやすいです。

続いてアイライン

上まぶたから目じりにかけて黒く線を引き、目を大きくくっきり見せます。これもペンシルタイプがいいと思います。さらにアイシャドーをまぶたにかけて影をつくり、立体感をつけます。あと、邪道かもしれませんが私はブラウンのアイブロウで涙袋もかいたりします。

そしてつけまつげ

目が大きくかわいく見えるようになるので絶対やったほうがいいです。が、うまくつけるのが結構大変です。のりが剥がれて取れることもあるので、加減をつかむまで試行錯誤しましたがいまだに苦手です。つけまつげを毛抜きにはさんでつけようとして、危うく目に突き刺しそうになったことがあります。もしくは、アイビューラーでまつ毛を上げて、マスカラでまつ毛を伸ばす方法もあります。しかしビューラーもこれまた使うのが難しく、私はつけまつげ派です。

なお、カラーコンタクトレンズ

でひとみを大きく見せることでもかわいさが増します。ドンキホーテなどで売っていますが、購入には原則眼科医の処方箋が必要です。カラコンはメイクの前につけておきます。これもうまくつけるには練習が必要で、最初は両目に30分くらいかかると思います(かかりました)。

露光は半導体製造工程の要であり、露光機は半導体製造工場の数ある装置の中で最も精密で最も高価で、出荷台数に比べて非常に大きな市場規模をもっています。アイメイクも同じくらい、

手間と試行錯誤と課金を惜しまない姿勢

が求められていると言えます。

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リップメイク

リップに対応する半導体製造工程は思いつきませんでした

こじつける要素がないわけではありません。スピンにかけるウエハーはチャックというパーツで固定するのが一般的です。チャックは、掃除機の吸い込み口の要領で負圧をかけて固定するのですが、ウエハーとの間に隙間があると空気が漏れ入って負圧が下がってしまいます。

しかも、ウエハーに薄膜が塗られていると、ウエハーとプラスチックの膨張係数が違うために温度変化によってウエハーに反りが出ることがあります。するとますますチャックとの密着が難しくなります。そこでチャックにリップという、ウエハーに柔軟にタッチする構造をつけます。負圧がかかればかかるほどリップはウエハーに押し付けられ漏れをなくす(シールする)ことができます。

この原理はベアリングの軸受けオイルが漏れないようシールするときに効果的に利用されていますが、このとき軸とリップが潤滑に接するようリップにあらかじめオイルを塗っておく必要があります。おっ、まさにリップクリームではありませんか? ただ、ウエハーを固定するチャックのリップにオイルを塗ることはありません

巧い説明が思いつかなかった言い訳というわけではありませんが、リップメイクはけっこう難しく、しかも女装ではちょっとけばくなってしまうのでそこまで力を入れなくてもいいかなと思います。色つきリップクリームが圧倒的におすすめで、女装にかんけいなく普段使いしています。冬は唇が荒れることも多いですし。リップグロスをつけると発色が良くなり、リップが映えます。まあ、メイクと言うほどではありません。

口紅は、ルージュを一つ買っておくとチークに使えて便利です。

メンターム 口紅がいらない薬用リップうすづきUV 3.5g SPF12

KOSE コーセー ノア リップグロス 03 ピンク系 (8g)

ちふれ化粧品 口紅(詰替用) 578 レッド系

 

こまめな洗浄(化粧落とし)

半導体製造工程における最大の課題、それは歩止まり(一つのウエハーから製品として切り出せるチップの数)の向上です。この歩止まりを下げるのが、パーティクルとよばれる様々なゴミによって配線が乱れ、チップが正しく動かないという問題です。そこで、最先端の緻密な製造工程になればなるほどウエハーの洗浄技術の向上が求められます。マクベス夫人よろしく、パーティクルを洗って洗って洗い落とさなければなりません

先に書いたように、工場では人間に有害で環境への負担が大きい物質の使用を避けるのが原則ですが、洗浄工程ではそんなことを言っていられません。きわめて有毒で危険な物質、フッ酸が大量に使用されます。高校化学で、ガラスを溶かすのでプラスチック容器に保存すると習う、あのフッ酸です。ウエハーは放っておくと表面が酸化されてガラスと同じSiO2の酸化被膜を形成します。この膜をパーティクルもろとも溶かして洗い流すのがフッ酸に期待される役割です。

他にも、ウエハー表面に残留する有機物を分解除去するために硫酸やオゾンが使用されますが、これも危険性の高い物質です。また、水が乾燥したときにできる斑紋(ウォーターマーク)を残さないように洗った後はIPA(イソプロピルアルコールで水を置換しますが、これも吸入すると神経や腎臓が冒されてしまいます。それでも私たちは澄み渡った清浄なウエハー表面を希求しているのです。

洗浄の大切さがお分かりいただけたでしょうか。

ところでメイクでも、肌に過度な負担をかけないためにこまめな洗浄が大切です。クレンジングオイルを使ってメイクを落とすまでがお化粧です。個人的に、メイクをしない日でもクレンジングオイルを使って洗顔したら肌がきれいになる気がするんですが、どうなんやろ。半導体製造工程のように、フェイスパックをしたり蒸しタオルを使ったり、お肌のケアに気合を入れるのが理想なのかもしれませんがそこまでしたことは私はありません。

それから、旅行先でもすぐにメイクが落とせるよう、ポーチには携帯用のメイク落としを入れておくのが便利です。

KOSE コーセー ソフティモ ディープ クレンジングオイル 230ml

ビオレふくだけコットンうるおいリッチ 携帯用 10枚

 

シミュレーション(アプリ加工)

SNOWやSODAを使えば、今まで書いたようなメイクがスマホの画面をいじくるだけでできてしまいます。ええっ、それじゃあリアルでメイクなんかしなくてもいいんじゃない!? と思われるかもしれません。しかし、話は逆で

これはけっこうためになる

と思っています。今まで説明してきたベースメイク、アイメイク、リップ、チーク、カラコンまですべて画面上で思いのままに操作でき、どういうメイクをすると自分の顔がどんな印象に変わるのかがシミュレーションできるのです。メイクの練習にこれを活用しない手はありません。

半導体メーカーも、CMP、スピンコート、ベーク(シンナーを蒸発させたり露光後に反応を促進させたりするための加熱)、露光、現像、洗浄などの物理的・化学的な振る舞いが様々な数理モデルによりシュミレーションされ、それをもとに製造プロセスを改善しています。レジストや絶縁膜材料の開発にもシミュレーションは不可欠で、ますます困難になる分子設計の指針を与えています。

ぜひ、自撮りをつかってアプリでメイクのシミュレーションをしてみてください。

twitter.com

written by 雪原まりも

 

↓参考文献 

 

メイクの超基本テクニック ~キレイになるメイクのプロセス・道具がよくわかる~

メイクの超基本テクニック ~キレイになるメイクのプロセス・道具がよくわかる~

  • 発売日: 2014/01/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

*1:一般のシリコンウェハーの場合、外寸は SEMIなどの業界団体で標準化されており、直径150mm(6インチ)の場合は厚さ0.625mm、200mm(8インチ)では厚さ0.725mm、300mm(12インチ)では厚さ0.775mmとされている。

ウェハー - Wikipedia

*2:

L赤ーMSシアン

M緑ーLSマゼンタ

S青ーLMイエロー

*3:

ところでお前はファンデーションに何を使っているのかと言うと、しゃ・・・シャネルなのだ。試供品をもらったけど、安いちふれファンデとは違って浮き上がらず、つやも自然で透明感があったのだ。

CHANEL シャネル ル ブラン コンパクト ラディアンス パウダリー ファンデーション

世界一 可愛い子に 生まれたかった

ごきげんよう
@mira_yume_chanこと、さらです。


『世界一 可愛い子に 生まれたかった』
これは、みなさまご存知、田村ゆかりさんの名曲『fancy baby doll』のサビの部分の歌詞です。知らない方は、ぜひ検索してお聴きになってください。
初めてこの曲を聴いたとき、わたしは涙を流しました。これからわたしは自分の人生とめくるめく「かわいい」と「ブス」の遍歴について書いていこうと思います。そんなの誰が興味があるのでしょう。知らない。ただ、わたしが書きたいから書きます。

 


〈第一次かわいい期〉
この世に生まれて、わたしは「さら」と名付けられた。水が流れるような、絹糸がなびくような、美しい名だ。
わたしをさらと名付けた父は、わたしを蝶よ花よと可愛がった。家にはとんでもない量のわたしの写真が貼られたアルバムがある。わたしは一日に数え切れないほど「かわいい」と呼ばれて過ごした。それは空気のようにあるもので、なんら特別なものではなかった。
服飾学校を出た母は、フリルやレースのついた少女趣味たっぷりのスカートやワンピースをたくさん買い与えて、わたしを着せ替え人形にした。わたしは5歳で既に、母のマニキュアを自分の爪に塗れるようになっていた。保育園では男の子三人に求婚され、“ゆり組さん”で、わたしは三好くんと初めてのキスをした(ちなみに、三好くんは求婚三人組の中にはいなかった)

 


〈万能期〉
小学生のころ、わたしはよく勉強ができた。体育も図工もよくできた。俗に言う“優等生”の類だ。毎年、学級委員に選ばれて、児童会に所属する、真面目で目立つ、そんな子供だった。「かわいい」と特別もてはやされることはなかったけれど、わたしのことが好きだと噂される男の子は常に存在していた(小学生の“好きな人”なんて、クラス替えの度に変わってしまうようなものだけど)。
小学六年生のわたしは、中学受験をすることを決めた。いつごろか定かでないが、わたしをとろとろに甘やかしていた父は目の前から消えていた。母子家庭になった家にはお金がないので、某国立大学の付属中学校を一つだけ受験した。そして、合格した。

 


〈ブス期〉
進学した中学に、知り合いはほとんどいなかった。
一年生の一学期の始め、人間関係でつまずいてしまったわたしは、あっという間にクラス中、学年中からいじめられるようになった。
毎日のように「ブス」「死ね」などと言われた。
お弁当のときやグループ作業で班を作るときは、絶対に机をくっつけてもらえなかった。体育の準備運動では誰もペアを組んでくれなかった。遠足や写生会の際のお弁当は全て一人で食べた。運動会では本番ですら、誰もわたしと手を繋いでフォークダンスを踊ってくれなかった。机やノートへの落書き。いつだか「お前の顔が正面にあるとメシが食えない」と言って、クラスの男の子が、お弁当のネギだけを器用に摘んで食べていたのを思い出す。残りは飼っている犬に食べさせるのだと言う。犬はネギ食ったら死ぬからな、と。
「死ね」と言われたことは理解できた。でも死ぬのは怖いので、わたしは体を切り始めた。テンプレに従って手首を切っていると、わたしをひどくいじめている女に、ブラウスの袖をめくられて、手首の傷をクラス中に披露させられたので、それからは太股など、見えない部分を切ることになった。生徒手帳にカミソリの刃を挟んで、いつでもどこでも体を切っていた。

しかしながら、わたしは疑問だった。
二重のぱっちりした目を持ち、校則を守ってさらさらの髪を耳の下で髪を二つ結びにして、日焼けに気をつけている、ほっそりとした体形のわたしは、本当にブスなのか?
天然パーマでちりちりの髪、糸のような目をした、はち切れそうなふくらはぎを持つ、真っ黒に焼けた女の子たちでなく、なぜわたしが、わたしだけが取り立ててブスと呼ばれるのか?
客観的に見て、自分はそこまでのブスではないと思った。たとえ特別かわいくなくても、クラスで一番の、学年で一番のブスではないと思った。(この尊大な自意識が、いじめられる要因でもあったに違いない)

それでも、教室に一歩足を踏み入れると「ブス」のシャワーがわたしに降り注ぐ。だんだんとわたしは頭がおかしくなった。鏡が見られなくなり、持っている手鏡をすべて油性ペンで真っ黒に塗りつぶした。今まで撮った写真やプリクラをハサミで切り刻んだ。

そして14のとき、わたしのことを「かわいい」と言ってくれる21歳のおにいさんとセックスをした。
そのころのわたしは学校では一切口がきけなくなっていた。場面緘黙というものだ。なにも言えないわたしに、クラスメイトたちは卑猥な言葉を投げかけるゲームを始めた。「さらさん、〇〇って知ってる?」「××って知ってる?」数名の女子たちがわたしの机に群がって、言いたいだけ言って、笑いながら去っていく。その様子をクラス中が好奇の目で見つめている。

「全部、昨日やってきた」

心の中で小さな反抗をする。それだけがわたしの心の拠り所だった。クラスメイトより性的に進んでいること、単語を単語で終わらせないこと。おにいさんはわたしに川本真琴を聴かせた。「成長しないって約束じゃん」おにいさんはセックスのたび、わたしの太ももの傷を舐めた。内緒の共有。わたしのことをわかってくれるのは、この人だけだと固く信じていた(後に、彼は自分と同じ年くらいの彼女を作り、紙くずのようにわたしを捨てる)。

 


〈マンネリ期〉
中学のクラスの約半分が隣にある高校に進学するような学校だったので、待遇はほとんど変わらなかった。わたしをひどくいじめていた人たちはあまり勉強ができなかったので、レベルの低い高校へ進学し、物理的に離れはしたが、わたしが中学でどのような扱いをされていたかは、なんとなく広まっていくものだ。
高校に入って、わたしはぷつりと糸が切れたように学校に通えなくなった。高校三年になる前の春休み、トラベルミンシニアを十箱飲んで、初めての自殺未遂を図った。失敗して半年くらい幻覚が見え続けた。それくらいしか高校時代の記憶はない。
ただ、卒業の際に有志が作った小冊子に「なんでもランキング」というものがあったのを覚えている。クラスで一番かわいいと思う人、かっこいいと思う人、おもしろいと思う人などなどさまざまなランキングがある中、わたしは「大学デビューしそうな人」二位として名前が挙げられていた。薄ら寒い嫌がらせだ。しかしこれが、わたしの後の人生を暗示しているとは、夢にも思わなかった。*1

 


〈第二次かわいい期〉
わたしは第一志望だった東京の公立大学に落ちて、京都のd女子大に入学した。そこは成金の女の子にあふれていて、授業もつまらなく、わたしは共学のd大学の演劇サークルに入り浸ることになった。わたしの通っていたキャンパスは京田辺京都府奈良県との境目、とてつもない田舎)にあったのだが、稽古場は京都市内の今出川キャンパスにあった。近鉄と地下鉄を乗り継いで、授業が終わると毎日千円以上かけて、往復をした。
不思議なことに、わたしはそこでふたたび「かわいい」と言われ始める。ちょうどAKBが流行っていた時代だった。黒い髪を胸まで伸ばし、前髪を斜めに流していたわたしは、やれ、まゆゆに似てる、やれ、ゆきりんに似ている、と先輩や同期にかわいがられるようになった。頻繁に美少女役をあてがわれた。そのあたりからお化粧を覚えた。BBクリームを塗り、おしろいをはたき、ベージュのアイシャドウをしてマスカラを塗る。ささやかなものだった。それでも「目が大きいね」「まつげが長いね」と言われるのは、うれしかった。
夏に、恋人ができた。恋人は一日に100回くらいわたしのことを「かわいい」と呼ぶので、辟易してしまった。もっとかわいい人はいる、モデルの〇〇とか、女優の××とか、と言うと、彼は「さらが世界で一番かわいい」と間髪入れずに答えた。幸福だった。そのような生活の中で、だんだんと、自分はやはりかわいいのでは? と思うようになった。
演劇サークルは週に五日、本番前は毎日練習がある。小屋入り*2の一週間は、授業に出ることも許されない。あれはサークルというよりほぼ部活だった。アルバイトをする時間がないけれど、家賃も払うのも苦しいような状態だったわたしは、手っ取り早くお金を稼ぐため、祇園の会員制ラウンジに応募をした。面接はあっさりと受かった。


〈混乱期〉
周囲からふたたび容姿を褒められるようになったことは、初めは確かにうれしかった。でも、次第に、わたしはこの世のことが信頼できなくなった。自分は本当はかわいいのか、ブスなのか、どっちなんだ?
演劇にのめりこんだわたしは、次第に大学に通わなくなった。3年で40単位くらいしか取れなかった。ああだこうだしている内に、恋人が死んだ。精神科の閉鎖病棟に入った。大学を辞めた。そしてサークルクラッシュ同好会に入会した。なにがサークルクラッシュや。サークルどころか人生がクラッシュしていた。元々精神不安定だったわたしはさらに精神不安定になり、さまざまな男の子と“親しい仲”となった。×××なんて当たり前 とても人に言えないような 酷いことならなんでもやった*3

彼らはこぞってわたしのことを「かわいい」と呼んだ。荒んだ生活の中で、それだけが唯一の心の安寧だった。


〈安定期〉
長い混乱期を経て、わたしは今年で28になった。

インターネットで原料を取り寄せて化粧水を作り、一週間で使い切る。最近、右目の下と右唇の下以外のホクロを全て取った。月に一度、毛穴を目立たなくさせるためのレーザーを当てている。なかなか強い施術で、一度当てると一週間は人と会えないようなボロボロの状態になる。肌によいとされる漢方を一日に三度飲み、使っている化粧品のほとんどはデパートで揃えたものだ。美容院では、生まれつき色素が薄い人みたいな色にしてください、とオーダーする。美容院専売のシャンプーとコンディショナーとトリートメントを使っている。至近距離で見られても気づかれないようなサークルレンズを入れている。塗っているとわからないような薄桃色のマニキュアを塗っている。残した目元と口元のホクロを、化粧の最後に茶色のアイライナーで、より印象的になるように書き足す。

きっと、わたしは同じ年の平均的な女性よりも、美への関心が高いのだろう。今年の春に京都から東京に引っ越した。現在は週に数回、銀座のミニクラブで働いて生活をしている。
どうしてだろう、今は自分のことを特別かわいいとも、ブスだとも思っていない。このパーツは優れているが、このパーツはイマイチだ、でもトータルで見るとまあ見られない顔ではない、と判断している。ただ、化粧の技術は格段にアップした。ものすごい手法でありえないほどの胸の谷間を作れるようにもなった。「AKBにいそう」から「女子アナにいそう」になった。外出してから家に帰るまで何度もナンパに遭う。でももう、いやだともうれしいとも感じない。東京はそういう街だと思っている。


『世界一 可愛いって 今日も言ってね』
そのような気持ちはまだ、存在している。
でも、それは『何万回 言われても まだ不安』なのだ。
出勤前、カシミアの白いコートをまとって鏡に向かってほほえむわたしは、女子アナのようにも悪魔のようにも見える。一見すると清楚だがよく見るととても性的に感じるように作りあげられたわたしの容貌。「かわいい」という言葉は、もはやわたしを表さない。ふと、わたしは自らが「かわいい」から「うつくしい」の世界に足を踏み入れたことに気がついた。

 


これを人*4に読ませると「当たり障りがない、本当にやばい部分は書いてないね」と言われた。そんなの書くわけないじゃん。
このようなナルシスティックにも程がある自分語りを最後まで読んでくださって、ありがとうございます。わたしは自分のことが大好きみたいです。そして、わたしのことが好きでも嫌いでもいい。どんな感情でもいいから少しでもわたしを想ってくださる、わたしのことを考えて時間を費やしてくださった、あなたのことを愛しています。

*1:ちなみにランキングの一位であった女の子は、某有名国立大学に進み、ベトナム語を身につけ、今は現地で日本語学校の先生としてバリバリと働いている。大学どころか世界にデビューした彼女のことを、わたしは心から尊敬している。

*2:公演直前に、ホールに入って舞台を作ったり、照明や音響の準備をしたり、幕を張ったり、実際に舞台で稽古をしたりすること。

*3:友達なんて誰も居ない わたしきっと死んだら絶対地獄に堕ちるわ

*4:意味深でしょ。

恋愛工学しましょうか

~きっと何者にもなれないお前たちに告げる恋愛工学~

※アドベンドカレンダー5日目の記事です※

サークルクラッシュ同好会会誌第八号に寄稿した雪原まりもと申します。

「自分語り」がテーマのアドベンドカレンダー企画ですが、いざ記事を書き始めてみるとほとんど自分のことを語ることができませんでした。

ところで、先日の京大NFで頒布された同好会会誌第八号で、私は異世界ホストの小説を書くつもりだったのです。が、結局それはうまくいかず、全然別の小説になっています。ただ、小説を書くために取材した恋愛工学について思うところがあり、結局自分語りとはほとんど関係ない『ぼくは愛を証明しようと思う。』の書評をすることにしてしまいました。露悪的なテーマで自分語りをするのはむつかしいなあ……。

 

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

 

 はじめて『僕は愛を証明しようと思う。』を読みました。多くの批判があるこの本ですが、意外や意外、私は肯定的に受け止めました。これは単なるテクニック本ではなく、「非モテ」(非リア)意識をかなり掘り下げたものではないでしょうか。一見チープな「ラブ」ストーリーの中に、心の襞の克明な描写を垣間見ることができると思います。

ただし、重要なのはこれがあくまで物語であり、作品だということです。『僕は愛を証明しようと思う。』がナンパの技術をいかに実践するか、したか、というテクニックの「古典(カノン)」としても機能していることは重々承知ですが、それがこの物語の専一的な読み方とは限らないと敢えて言います。恋愛工学の方法や思想に否定的な立場からの解釈にも開かれた物語であるということです。

本稿では、恋愛工学そのものの解説や論評はひとまず脇に置いて、この小説で語られる物語に直にメスを入れていくことにします。

 とても長い記事なので簡単に内容を紹介します。各小見出しの内容はほぼ独立してよむことができます。

東京ソープランドは、小説の冒頭の「でっかいソープランドみたいなもんですね」というせりふの意味をつっこんで分析し、なぜナンパのセックスを風俗店のセックスの類比で語るのか考察しています。

わたなべ君に花束をは、この小説が『アルジャーノンに花束を』を下敷きにしていることを確認し、主人公が「信用できない語り手」になっていることを考察しています。

コミュニケーション工学は、恋愛工学のテクニックはナンパだけでなくコミュニケーションに一般に当てはまることを、男同士の会話への適用を通して考察しています。

 RNAワールドからの脱却は、ホストと少し関係のあるテーマです。いわゆるグッピー理論「女は、単に他の女とセックスできている男が好きなのだ」を私なりに分析しなおして提示しています。

東京ソープランド

「この東京の街は、僕たちのでっかいソープランドみたいなもんですね」

「ああ、無料のな」

  冒頭からこの挑発的なせりふ。もちろんそのまま受け取れば、自分のことだけ考えてセックスの相手を探し回る「ハイスペ」男性の驕りでしかありません。これは小説の中盤、バブル絶頂期の日本経済のようにナンパの全能感に酔いしれる主人公わたなべ君が師の永沢さんとディナーしている場面で繰り返されます。

そこだけ読めば腹が立つほど醜悪なこのせりふは、しかしどこから出てきたのでしょうか。わたなべはガールフレンド麻衣子と縁が切れ、個人的に仕事を教えていた美奈とは片思いだったことがわかり、それからは仕事のやりがいで自分を支えながらセルフネグレクト気味の私生活を送っていました。そして、ソープランドに行ってお金で仕立て上げられた即席の出会いとセックスを繰り返していました。ところがわたなべは変わります。自分の力で作った関係で、営業ではない即席の出会いとセックスを繰り返せるようになった。これが「ソープランド」の意味でしょう。

「無料」とは営業でない、セックスに直接払う対価としての金銭が無いという意味です。でも、「無料」というのはちょっとおかしくないでしょうか。クラブに行ったりアポをとって食事したりすれば当然お金がかかりますし、だいたいは男性側が払うでしょう。金銭の面でも時間拘束の面でも、風俗店に行くより負担がはるかに大きいはずです。自分も相手もセックスしたいと思ってセックスしているからお金のやりとりが必要ない。それを敢えて「無料」といい、営業を出しぬいてやったかのように表現するのは、風俗店に行くことで失った自分の自信や情熱を取り返そうとしているように思います。

永沢はわたなべに迫ります。女にとっての「友だち」になるか「男」になるか。これは相反する二つの道であり、最初からセックスを目的に据えない限り「男」にはなれない。つまりその相手と永遠にセックスはできない。友達のふりをしながらワンチャンのセックスを期待する甘ったれた意識を捨てろ!とハッパをかけます。そしてわたなべは、セックスに至る過程を自己実現ととらえ、目的合理的に考え行動するように変わります。それを律するのが恋愛工学です。

この本にセックスの直接的な描写はありません。キスをするとか、ワギナがぬれているとか、そこからいきなり寝起き(朝チュン)に飛んでしまう。実際には、前戯から挿入そして眠りにつくまでにそこそこやりとりがあるはずですがそれは恋愛工学の技術の中には入っていないのです。身体的な性交渉の技術には徹底的にノータッチです。コンドームをつける描写すら存在しない。セックスまで持ち込むことがこの本のテーマであり、そこに持ち込んだ時にすべてが達成されているのです。

恋愛工学のセックスそのものに対する無関心は、いざセックスに誘う誘惑(セダクション)のフェーズを解説する永沢の語りにも表れています。

「それで、最後のSフェーズは何をすればいいんですか?」

「ロマンティックな感情をふたりで高め合いながら、キスをしたり身体を愛撫する。相手の女は覚悟を決めて、いよいよ後戻りできない一線を越えるわけだ。ここでも、相手の女を、お前の自信と情熱で包み込む必要がある」

「自信と情熱か……」

 びっくりするほど反工学的なセリフではないでしょうか。永沢はどうやって身体的な性交渉をするかについてほとんど分析のメスをいれていない。「自信と情熱」という精神論で押し切ってしまうのです。

そればかりではありません。セックスに至る交渉のテクニックを綿密に描く半面、セックスをした後のふるまいがほとんど描かれないのです。ここで示唆的なのが、セックスの前後(プレセックスピリオドとポストセックスピリオド)で男女の力関係が逆転するという指摘です。セックスをするまでは女性が選ぶ側だが、セックスした後は男性が選ぶ側になる。そうなってしまえば特別な努力も技術も必要ないと言わんばかりです。

この過程の全てに非「モテ」男性の解剖の鍵があります。モテるということは、セックスする関係を作るということです。そして、セックスは内容よりもやった事実が重要です。皆がセックスしたいと思う高嶺(値)の女性とセックスすることが、より価値のある充実したセックスです。そして、そう思っているにもかかわらず現実の自分は女性にセックスしたいという欲望を開示できず、そんな欲望などないかのようなまわりくどいやり方に終始し、自分の意思を裏切り続けているのがモテていないということです。

このような世界観と、男性同士のタテの関係はとても親和性が高い。ある意味、軍隊のようなものです。「お前に女を傷つけることなんてできない。たとえ、傷つけようとしたってな」という言葉はこの蛮勇の自己正当化です。もう一つ、ナンパが失敗したときに「何も失っていない」と言い聞かせる場面が何度も出てきます。実際には、相手は傷ついているし、自分も傷ついている。でも、傷つくのを恐れていたら、戦場で臆病者となじられ軽んじられて終わりです。そんな自分は絶対に嫌だ!という強い決意がわたなべを突き動かしていることを忘れてはいけません。

そして、わたなべは致命的な傷を負うことになります。

 

わたなべ君に花束を

『僕は愛を証明しようと思う』は、非モテ(正)に始まり、恋愛工学でモテ(反)るが、ふたたび非モテ(合)に戻る、お手本のような弁証法的綜合です。しかも、最後に非モテのときの片思いの相手と巡り合っていたことに気づくという手の込みようです。

知的障害のチャーリィは周りからひどい扱いを受けていたが、自分がみんなから馬鹿にされていることさえ気づかず、慕われていると思い込んできた。自分の親にも捨てられていたのに、そんな親のことを無邪気に好きだった。僕が非モテだったとき、周りの女の子たちからひどい扱いを受けていた。自分の恋人からもひどいことをされていたのに、僕はそうしたことに気づいていなかった。気がつかないふりをしていたと言ったほうがいいかもしれない。

そして、チャーリイが、科学者たちの実験台にされ、知能を劇的に改善する手術を受けてからすべてが変わったように、僕も永沢さんから恋愛工学という魔法のテクノロジーを教えられすべてが変わった。

驚異的な知能を手に入れたチャーリイが多くの分野で業績を打ち立てたように、僕は東京中の女をものにしていった。ところがその手術は不完全なものだった。チャーリイはその副作用に苦しむことになり、最後には手術前よりはるかに悪い状態になってしまう。……

仕事も失い、自信を無くしてしまった僕は、また非モテに戻った。 

 この本には二回、『アルジャーノンに花束を』への言及があります。さらに、この小説を下敷きにしてあることが読んだことのないひとにもわかるよう、丁寧な説明がほどこされている。ここでまずひっかかったのは、チャーリイの「末路」を主人公が嫌悪しているところです。私も久しく読んでいないので違ったかも知れませんが、チャーリイの知能はたしかにもとに戻って行ったけどチャーリイの人生が転落して行ったわけではないはずです。それを「悲惨だ」と言い切り、チャーリイのようにはなりたくないと蔑み、そして「身の丈にあった、都合のいい女」を残されたナンパのテクニックを振り絞ってなんとかものにしようとあがきますが余裕のなさが裏目に出て失敗する。ところが、その夜に運命的な出会いが出会いがが待っていた……実に都合のいい結末であり、ここには本当の破綻や底付きは描かれていません。

それでも、私は物語の結末(第六章)は「お約束」の付け足しではないと思います。恋愛工学の破綻についても考察を巡らす余地があると思います。

「まず、僕が何を学んだか、から話そう。それは一言でいうと、自分自身と戦わないといけないということだよ」

「自分自身と?」

「そう。この1年間、僕はいろいろなことにチャレンジしないといけなかった。そのたびに、打ちのめされた。それでも、僕は挑戦し続けることができた。それは、さっき言った人のおかげなんだけど」

「ふーん」

「それで、僕はわかったんだ。いままで僕を打ちのめしてくれた人たちや出来事は、大切な人生の教科書だったんだ。神様が、次はどうすればいいか、教えてくれていたんだよ。でも、彼と出会う前の僕は、恥をかかないように、できない理由をたくさん並べて、挑戦しなかった。そうやってチャンスを逃すたびに、ひとり損をするのは僕自身なのに。自分の人生を良くするために、僕は戦わないといけなかったんだよ。僕をずっと成功から遠ざけてきた、間違った考え方や悪い習慣とね」

…中略…

この1年ちょっとの間、僕がどんなことをしていたかなんて、いくらなんでも話すわけにはいかない。

 わたなべは、ここで語った自己啓発の焼き直しを本心から言っているわけではないでしょう。女性と付き合ってもセックスに持ち込めない間違った考えや悪い習慣と戦い、女性の容姿を格付け、セックスできるか狙いを定め、ナンパのルーティーンを繰り返すことに挑戦していたという内容にはどうやっても読めません。しかし、全くの嘘を言っているつもりもないようです。それは、恋愛工学がセックスを誘因とした自己啓発としてもある程度機能するからです。思いのままにセックスできる相手がいることが、男性に自信を与え、積極的に、社交的に、行動的にします。そういうテンプレがあるのは事実です。しかし問題は、より口当たりのいい説明を求めるなかで、本音と建前がぐずぐずに溶け合っていくことです。わたなべは都合のいいことばかり言って、結局自己開示をしていません。傷つき疲れはてた自分を受け止める人が欲しいはずなのに、その自分の醜い部分を最後まで表現することができなくていいのだろうか?

落ち目になったわたなべからは、自己正当化や自己防衛のバイアスをかけた認知が無批判に垂れ流されています。

大空電気の長谷川玲子は、社内の重要なポストに就く男とじつは婚約していた。二股をかけていたわけだ。婚約者に僕との関係がバレてしまい、彼はカンカンに怒った。それを鎮めるために、これは僕からの強引なセクハラだった、と言わざるを得なかったそうだ。

 この話をそのまま受け取ることができるでしょうか。まず、わたなべが恋愛工学を使ってセックス目的で近づいたという事実、その後別の女性に興味が移り、相手のことをどうでもいいと思ったから別れたという事実が無視されています。仕事を辞めざるを得なかったのは、婚約者の重役がカンカンに怒ったからであり、自分の責任ではないことにしています。ひどい仕打ちをしたのは二股をかけた長谷川玲子だというのはまったく他罰的です。

はっきり言って、後半にわたなべがこの物語について自己言及的に語る内容はあまり信用できません。物語はわたなべの一人称視点で展開されますから、架橋に入るにつれてだんだんわたなべの思考が読めなくなってきます。「ああ、夢だったんだ。」という独白は存外当たらずとも遠からずではないでしょうか。

「恋愛工学を学んだあとは、かつての非モテだったころのようには、僕は出会った女の人を愛していませんでした。もちろん、一人ひとりには真摯に接してきましたよ。しかし、当然のように、複数の女の人に同時にアプローチしました。恋愛は確率のゲームだからです。そして、ひとりの女に熱くならずに、ルーティーンを機械的に繰り返す僕を、なぜか彼女たちは愛してくれた」

「恋愛工学の理論通りじゃないか。何がおかしい?」

「僕自身は、本質的には昔と何も変わっていない。いや、昔の非モテ時代の僕のほうが、むしろ彼女たちにとっては都合がよかったはずです。決して裏切らず、誠実にひとりの女に尽くすことしか知らないわけですから。……なぜ、昔の僕を、彼女たちは愛してくれなかったのだろう、と。そして、恋愛をゲームのように考えるようになった僕を、彼女たちはなぜ愛するのだろう、と」

 永沢の答えは、一人の女性に深くコミットするのが愛なのではなく、複数の女性にゲーム感覚でアプローチするのが愛なのだ、ということでした。それに対してわたなべは、一人の特別な女性に尽くしたいと言い、永沢との師弟関係が終わります。そしてその後、その女性にラインしながら、わたなべは再びナンパを始めます。いったい、永沢に示した決意は何だったのか?

 目的を設定し合理的な手段を追求することが工学であるなら、この物語はまさに工学の破綻によって幕を閉じたのではないでしょうか。

 

コミュニケーション工学

恋愛工学のメソッドは男が女とセックスするためにしか使えない方法ではありません。職場で同僚とどう雑談すればいいか分からない、一緒に食堂でご飯を食べたけどお互い何も話さず気まずくなってしまった、そんな経験を頻繁にしているなら、恋愛工学を学ぶべきです。それは男の「股」を開くためにだって使えるのです!

それに、恋愛工学のACS(魅了し、和ませ、誘惑する)は、営業で契約をうまく取り付けるときにも当てはまるプロセスでしょう。自分の店の得意先になってもらうときにも当てはまるでしょう。大きな仕事を持ちかけるときにも、面接で自分を会社に売り込むときにも、自分を信頼しその人の資源を割いてもらうあらゆる場面に共通したプロセスではないでしょうか。

『僕は愛を証明しようと思う。』を読んだ私は、さっそく職場で実践してみました。

 

おはようございます(オープナー)今日はいい天気ですね

そうだね

ですよね(ラポール)最近天気がいいですね

そうだね

週末干し柿つくったんですよ

おっ、今年も作ったの

そうなんですよ。先輩にも差し上げますね(返報性の原理)

ありがとう

いつもこの時間に出勤ですよね

そうだね

今日は僕も同じ時間ですよ

そうだね(イエスセット)

 

たったこれだけの会話で、(直接的な因果関係ではないにしても)無口な先輩がこの後に突然仕事の話を振ってきました。このように、恋愛工学で職場の人間関係を円滑にすることができます。相手が進んで手伝ってくれたり、小さなミスを大目に見てくれたり、心のバリアを取り除くことが期待できるのです。それから、「定時で帰ります」(タイムコンストレイントメソッド)も使っていこう。だらだら残業をつづけることは自分の価値をさげ、仕事以外にすることがないんだなと思われ、たいしたことのない仕事をたくさん振られる可能性があります。というのは冗談ですが、雑談はこまめに、しかしだらだら続けず短いセッションで切り上げ、できるだけいろいろな人と話すのが理想だと思います。話すと決めた時間は集中して、ページング、ミラーリング、バックトラックも意識することにしてみました。

私はほとんどいつも男性同士で話していますが、決して自分からは話しかけなかったり、一方的に自説を開陳してしかも相手が同意するのは当たり前であるかのように振る舞ったりする人に出会います。そうした人にはずっと同調して聞き手に回ればいいのである意味楽ですが、会話をしている感覚がないことも事実です。恋愛工学の技術は男性同士の関係をより親密で相互的なものにすることができるでしょう。

ただし、恋愛工学の技術のうち「ディスる」のには注意が必要です。ディスは男のコミュニケーションの定番で、ディスる方が上、ディスられる方が下というマウントや権力勾配を確認する道具として極めて頻繁に用いられています(「いじる」と呼ばれることが多いです)。それを通して、オレはお前を気にかけてやっているぞ、お前をオレの縄張りの中に入れてやっているぞ、というメタメッセージを伝えます。

もちろんお互いディスり合う友人関係であれば、それは逆に信頼関係の証左でしょう。ディスりは自分と相手とが一歩踏み込んだ関係であることを示すでしょう。ただ、職場では必ず上司がディスり、部下が笑って場を盛り上げようとします。あなたがおしゃべり好きの上司なら、たいてい部下をディスっているはずです。自分がディスられる覚悟もなく。

私がディスペクトを良く思わないのは、「非モテ」はだいたいディスられる側だと思うからです。ディスりができるのはコミュニケーション強者の証です。原因ではなく、結果なのです。もし、あなたが周囲の人をナチュラルにディスれるようになっていたら、あなたは既にコミュニケーションの中心にいる。それに気づいたときは、積極的にディスを使っていくときではなく、自分を省みるときだと思います。

と、「ディスり」を盛大にディスってしまいましたが、その効用は確実にあります。それは、「異質なものを受け入れる」効果です。なぜ上司があなたのことをディスるのか?それは、あなたによくわからない、理解できない、奇妙で反発を感じる部分があり、それをストレートに攻撃するのを避けているのです。ディスはその後の笑いとセットです(笑いのないディスはただの攻撃です)。お前の異質さは許容範囲だよ、とこまめに示すことは、異質な存在をつなぎ止める効果があるでしょう。しかし、それは異質さを理解したり共有したりせず、表面的な笑いと思い込みでやり過ごす方法でもあり、濫用は人間関係の破綻につながります。ディスりはあくまでペンディングであって、リスペクトで補わなければ意味がないはずです。

そのうえであえて「ディスり」を持ちあげるなら、変だな、おかしいな、違うな、と思ったことを呑みこまずに積極的に言葉に出してもいいのだということです。緊張の後に弛緩(笑い)の花道を用意することで、自分の感じたことを素直に表現して盛り上がることができれば、コミュニケーションのストレスを大幅に減らすことになるでしょう。

どうして恋愛工学でディスりが重要なのかと言えば、女性にモテたいと思う男性は積極的に女性を褒めます。しかし、なんでもかんでもとりあえず褒めようとして無味乾燥な会話を繰り返してしまうのです。本心にないことまで褒めれば、どこか気持ちが乗ってこないのは当然です。浮ついた言葉ばかりで信用できないと思われたり、本音が言えない人だと軽んじられたりしかねません。あなたに好意がある(性的に興味がある)という前提を崩さない範囲で、自分の違和感や反発を表現することが、会話を盛り上げるためには不可欠ということだと思います。

 

RNAワールドからの脱却

わたなべはお友達フォルダに振り分けられることを「恐怖」と言っていますが、その恐れは私にはかなり見当はずれなように思います。ラポールで女として好きだということを伝えろ、手をつなぎ、キスしろ、拒まれたらラポールからやり直し、できるまで繰り返せと永沢はアドバイスしていますが、相手がこんな素振りをみせたら警戒するのが当たり前です。そこまでしてセックスに全振りするメリットがあるでしょうか。友達でもなんでも数を増やして女性との関係に慣れていくのがスタティスティカルアービトラージ(継続は力なり)戦略というものではないかと思います。

たとえ端からセックスの道を捨てたとしても、「男」ではなく「友だち」の道を歩もうとしたとしても、恋愛工学が味方になってくれることに変わりはありません。そして、恋愛工学の内部にはその契機があるのです。セックスにがつがつしすぎて警戒されているわたなべに、永沢は自分たちは女性の性欲に火をつけてそれを満たす「商品」なのだと諭します。

「恋愛プレイヤーは、人々をいい気分にするために街に出るんだ。俺たちは、出会った女を喜ばせるためにナンパしないといけない」

…中略…

俺たちは、自分という商品を必死に売ろうとしている。女は、ショールームを眺めて、一番自分の欲望を叶えてくれそうな男を気まぐれに選ぶ。

…中略…

俺たちができることは、自分という商品を好きになるチャンスを女に与えることだけだ」

 ここで永沢が語っていることはほとんどホストのメンタリティです。相手を楽しませることが第一であり、自分のセックス(ホストなら売上)の欲望を満たすのはある意味どうでもいい。そのような迂回アプローチが結果的にセックスに(ホストなら指名に)結びつくのだということです。もちろんそれは最終的な目的地がセックスだからでしょう。しかし、その目的をシンプルに、相手に楽しんでもらうこと(接客)に置いたらどうでしょうか。中島敦名人伝ではないですが、恋愛工学を極めて行きつく先がセックスの忘却であってもいいのではないでしょうか。

男がセックスにこだわるのはなぜか。最後にこの問題に対する私見を述べて、この長い記事を終わらせることにします。

「お前、素質あるよ」と永沢さんは言った。「結局のところ、女にモテるかどうかって、ビールを一杯飲みほした後に、臆面もなく『セックスさせてくれ』と言えるかどうかなんだよ。言えないやつは、いつまで経ってもダメだ。

 この本では、愛とモテとセックスはほとんど同義です。ヤリモクで女性にアプローチするのを「愛する」、女性が身体を許すことを「愛される」と表現するのです。それがこの本のテーマなので繰り返し出てきますが、そこは衒わず「セックスする」でいいんじゃないのか。永沢自身、恋愛に愛など必要ない、セックスするかどうかだと喝破していたはず。「愛を証明した」とか歯の浮きまくったせりふに逃げないで、正直に、皆が羨む女性とセックスできるようになるまでナンパのルーティーンを繰り返したって言いなよと思います。タイトルも『ぼくは皆が羨む女性とセックスできるようになるまでナンパのルーティーンを繰り返そうと思う。』でいいじゃんね。

この極端なセックス重視は何に淵源しているのでしょうか?

私はこのブログのひとつ前の記事「これからRNAの話をしよう」でナンパのRNAワールド仮説を提起しました。

ナンパを個人的な行動力の多寡に帰するなら、それは一般的なナンパのイメージとして間違っていると思います。私が考える「リアル」なナンパは、男性同士の絆(ホモソーシャル)に裏打ちされた組織的な行動というものです。ただただモテたいという内発的な動機からナンパの実行に至るわけではない。むしろ、モテたいという個人的な願望を越えた集団的な動機の中にナンパへ至る道があるのだ

 つまり、セックスすることで男社会から認められるということです。セックスそのものが目的ではなく、それによって男社会で一目置かれ発言権が増すからセックスが大事なのです。セックスは男社会における高額の通貨である。身体的な充足と社会的な充足とを同時に実現するのがセックスの威力なのです。それは相乗的であり、羨望の的になるセックスほど充実感も大きい。ここ一番の試合に勝ったような充実感です。反対に、誰でも平等にできる出来レースのセックスは虚しく、どこかプライドを傷つけ、自分の評価をさげることになります。セックスは戦いである。まさにそうです。それは男と女の戦いではなく、男と男の戦いなのです。

実際に、『ぼくは愛を証明しようと思う。』で描かれているのも男たちの集団的営為です。まずはじめに、永沢とわたなべの師弟関係が生まれます。それまでわたなべは一人でした。肩書は立派でも人間関係は貧困で、上司とも深い関係ではありませんでした。ところが、六本木でモデルとキスをする永沢に「セックスしたいんだろう」とマウントをとられ、「見どころがある」とおだてられ、二人の特別な関係が始まります。二人は連れ立ってナンパに出かけ、永沢から様々なテクニックが仕込まれます。まさにこのような上司を得たことによって、わたなべは徐々に女性に対する自信を深めていく。そして、ナンパ師として一人前になったわたなべを、今度は「先輩」と慕う勇太が出てくるのです。こうしてわたなべは部下を持つ立場になり、狙う女性のランクも上がります。クラブでは勇太との連携プレーで効果的に自分の魅力をアピールします。

 

「女は、単に他の女とセックスできている男が好きなのだ。」

 

RNAワールド仮説は、この命題を以下のように敷衍します。

 

「男は、多くの女とセックスできている男に従い、多くの男を従えている男が他の女ともセックスできているのだ。」

 

多くの男を従えているというのは、単純に部下が多いということではなく、上下関係をわきまえて従順に動く男が多いということであり、そのような上下関係を小規模な男性集団の中で作り出すことができるということです。もちろん、わたしたちは学歴や資産や教養や肩書といったさまざまなもので序列化されています。そこにふつうセックスは入ってこない。セックスをしまくったことで受賞したり社会的地位を得たりした人はいませんが、セックスがらみのスキャンダルで資格をはく奪されたり肩書を失ったり処罰されたりした人はたくさんいます。しかしそれはなんら矛盾するものではなく、セックスは小集団の中の権力関係において大きな威力を持つために不正と結びつきやすく、国家のような大集団における序列化とは根本的に相容れないのではないかと思います。反対に、一人一人の顔がわかるような小集団の中では学歴のような大集団を序列化する属性がかならずしも権力に結びつかないように思います。

男性のタテ社会とセックス志向とには極めて深い関係があると私は考えています。恋愛工学のセックス志向を女性の人権の観点から批判することは、例えば森岡の有名な批評によってなされてきました。しかし、RNAワールド仮説に準拠するなら、男性のタテ社会の解体もセックス志向の希薄な男女関係のために重要なのではないでしょうか。

最後に、RNAワールド仮説の反証事例を検討します。

わたなべはエピローグで永沢に初めて反論します。今度の彼女はずっと愛していたい、一人の女を愛し続ける恋愛工学を試してみたい。こうしてわたなべは永沢との師弟関係を解消します。そして、にもかかわらずわたなべは再びナンパを始めようとする。これはRNAワールド仮説ではもはや説明できない、非合理的な行動です。もちろん彼女との関係も早晩破綻して行くでしょう。エピローグのわたなべは性依存症であるというのが私の判断です。続編の闘病記に期待です。

これからRNAの話をしよう

 

ナンパのリアルを教えよう

RNAはリアルナンパアカデミーの略で、ちょうど一年前、女性を泥酔させ乱暴したとして準強制性交容疑で塾生大滝容疑者及び塾長渡部容疑者が逮捕されました。

ナンパをする人はどんな人だと思いますか。「女性にモテたい、女性とヤりたい男性」が路上で初対面の女性に声を掛けることを想像するかもしれません。もちろん見ず知らずの間柄からいきなり関係を始めようとするわけですから、はじめは失敗の連続ですし、要求されるのは並大抵の精神力ではない。でも、そこまでしてでもたくさんの女性からちやほやされたい、セックスしたい、それによって自分の性的魅力を確認し、優れた男性であることを証明し、あるいは奥手で消極的な自分を変えたい、そういう強い動機付けがあるのだろう。多くの人はナンパに挑む人のことをそうイメージしているのではないでしょうか?

こうした自己実現自己啓発的動機でナンパを始める人も、もちろんいるでしょう。そうした動機に支えられている人は、女性から好感をもたれるように、ファッションに気を使い、アクセサリーを身にまとい、髪型を工夫し、トーク力を磨き、テーブルマナーを学び、その他もろもろの自分磨きを敢行する。それはモテない自分との闘いです。その先には、性的魅力でどんな女性も引き付ける人格的に陶冶された男性がイメージされているのではないでしょうか。

しかし、そのような生粋のナンパ師は少数派であると私は考えます。ナンパを個人的な行動力の多寡に帰するなら、それは一般的なナンパのイメージとして間違っていると思います。私が考える「リアル」なナンパは、男性同士の絆(ホモソーシャル)に裏打ちされた組織的な行動というものです。ただただモテたいという内発的な動機からナンパの実行に至るわけではない。むしろ、モテたいという個人的な願望を越えた集団的な動機の中にナンパへ至る道があるのだ――本稿の眼目はここに存します。

 

ナンパは男を見てするもの

RNAは、セックスの回数を塾生同士で競わせていたことが注目を集めました。数を稼ぐためなら手段を問わず、いかに女性を泥酔させ、判断能力を失わせ、セックスに持っていくかのマニュアルを塾長が提示していました。セックスは個人的な満足を得るためではなく、RNAという組織の中で評価され、認められ、賞賛され、一目置かれるための方法でした。

RNAが提示していたマニュアルは相手の意思を無視した暴力的なもので、セックスのためには犯罪も辞さない極端なものでした。それを「和姦」だと言い聞かせる塾長を前に塾生たちはバランス感覚を失い、スポーツにのめり込むかのようにセックスにのめり込んでいったようです。

しかし、この転倒した方法論を取り除くなら、男性集団の中で評価を高めるために女性との関係を増やしていくという構造は決してRNAに固有のものではありません。初対面の人間にいきなり声をかけるのは誰だってそれなりに苦労します。それでも声をかけられるのは、それで女性を引き込むことができれば「下っ端」から抜け出せる、一人前としてまともに扱ってもらえる、発言権が増し、裁量が増え、周囲の信頼をかちとるという強烈な成功体験を伴うからです。そこで声をかけるのをためらい、いつまでたっても女っ気がないままでは、周囲から軽んじられ、居心地は悪くなり、そして自信が失われていきます。それは男性組織のなかで成功者と失敗者とを分ける分かりやすい基準です。

客引きやスカウトマンは「仕事」という要素がはっきりわかりますが、そもそもナンパには多かれ少なかれ「仕事」的側面があり、ナンパに成功することは商談をまとめることと相通じるものがある。ナンパとはある種の飛び込み営業なのです。自分を売り込む飛び込み営業であり、それが成功すればお前という商品には価値があるなと認めてもらえる。

ナンパ師の眼中にあるのは本当に目の前の女性でしょうか。目の前の瞳を見つめるそのまなざしは、背後にいる男性たちをこそ射抜こうとしているのではないでしょうか。

 

ホモソーシャルの真価

このようなホモソーシャルを背負ったナンパは女性をモノ扱いし、女性の意思を踏みにじるものでしょうか。イエスともノーとも言えません。というのは、女性をモノ扱いせず対等な人間として接するという言説に従う人よりも、ナンパする人の方が往々にして女性への接し方が洗練されていると思うからです。その特徴を列挙してみましょう。

・まず共感する、同調する、話しを合わせる

対等な人間として接するなら、意見や価値観が合わないこともあるし、それで不快になることもあるでしょう。ナンパのコミュニケーションはまず共感から入り、同調してテンションを上げるのが基本です。自分の意見や価値観は、あくまで話しのネタとして披瀝し、相手に同意をもとめたり説得しようとしたりはしません。

・相手のペースに合わせながら相手をリードする

対等な人間として接するなら、自分がリードすることもあれば相手がリードすることもあるし、リードしたい、リードしてほしいと要求しあうこともあるでしょう。ナンパはナンパする側が誘うのですから、誘った側がゴールをはっきり決めていなければいけません。しかし、それをいきなり押し付けられても不快です。相手の予算や体調や都合を確認しつつ、ペースは相手に合わせていくことが必要です。

・こまめに連絡を入れる

対等な人間として接するなら、双方都合がつかなければ連絡が遅れることもあるでしょうし、必要に応じてお互い連絡を入れ合うでしょう。ナンパではナンパする側が積極的に連絡し、相手の様子を確認します。落ち込んでいれば励まします。相手には、連絡を頻繁にもらえることで、自分を気にかけてくれている、興味を持ってくれている、大事にしてくれているというメタメッセージが生まれます。それが、次もその男性についていこうという動機になるはずです。

要するに、一緒にいるのが楽で楽しいと相手が思うからこそナンパが成功するのです。アクセサリーや香水や髪型で垢ぬけた感じを出すのも、そういう人が隣にいてほしいと思ってもらえるからこそです。

これらは悪名高い「フレンドシップ戦略」と違うのでしょうか。違います。フレンドシップ戦略はあくまで友人であり、モチベーションは対等な関係なのです。だから振られれば傷つきます。それに対して、ナンパの心がけはホストであり、ゲストを迎えるサービス精神に基礎づけられます。だからトライアンドエラーが可能なのです。では、なぜそのようなサービス精神が生まれるのか?もちろんゴールにはセックスという対価もあるかもしれない。しかし、それではフレンドシップ戦略から抜け出すことは難しいです。男性集団の中で認められるという、単に女性から受ける以上の対価があるからこそ、女性に徹底的に寄り添うサービスを磨く動機が生まれるのだと私は考えます。これは確実にミソジニーを含んでいます。女性そのものが目的ではないからです。カントなら、人間を手段として扱うなと言うでしょう(カントはミソジニーにまみれた人でしたが)。

もちろんホモソーシャルミソジニーは、シンプルな男性中心主義と女性蔑視を帰結することもある。RNAインセルのような女性への暴力を引き起こすことも確かです。しかし、ホモソーシャルミソジニーをそこに矮小化するとしたら、なぜこのシステムが簡単には崩壊しないのか、その根深さを見失うのではないでしょうか。ホモソーシャルミソジニーはジェントルマンやナイトの基礎でもあると私は考えます。

 

夜這いのRNAワールド

セックスは太古からコミュニケーションの手段でした。そして同時に、集団的で組織的な営為でもあったと考えられます。

夜這いは村の青年宿で管理され、信頼できる年長者がセックスの手ほどきをするところから始まり、村の祭りの祝祭的な雰囲気の中で行われ、また他の村へ夜這いに行くことは禁じられるか、許可が必要だったと言われています。村のしきたりや習俗といった前近代的な法に基づいた、村ぐるみの統治の中にセックスも組み込まれていたようです。

しかし近代化とともに、セックスは夫婦の間の一対一の関係とされ、それに反する習俗は取り締まられます。そして現代では、セックスはプライバシーであり、一人一人の問題だと考えられています。

ここからRNAにひっかけて強引にまとめていくのですが、太古の生物はRNAが遺伝情報の記録も酵素反応も担っていました。これを「RNAワールド」と言います。しかし、しだいに遺伝情報の記録はDNAが、酵素反応はタンパク質が、RNAはその仲介を担うように分業されていきました。

リアルナンパアカデミーは、セックスが個人対個人の合意という契約モデルに基づかない、集団的な行動として現れることを物語っているように思います。RNAではセックスの画像や動画が共有され、塾生たちはその異質でカルト的な空間にはまりこんでいきました。まさに、セックスが集団的・組織的に、個人の意思や合意を踏み越えて行われていたのです。それは渡部のゆがんだ性規範の強要と塾生同士の競争から、女性への深刻な暴力を帰結しました。

私は、RNAは個人化を突き進むポストモダンのなかに出現した夜這いの焼き直しのようにも思われます。そこにはホモソーシャルミソジニーという、集団の中で醸成された価値観に基づく行動原理が存在します。そして、このような「RNAワールド」は様々な形を取りながら、これからも幾度となく回帰してくるのではないか。

現代に生きる私たちは、「RNAワールド」を早急に分解し個人の責任を問う作業を、これからも根気よく続けていく必要があるように思います。それが悪いものである場合はもちろん、一見して良いものと思われる場合についても、吟味が必要なのかもしれません。

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夜這いと近代買春

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雪原まりも