恋人の七回忌が終わりました

こんにちは、さら(mira_yume_chan)です。


なんにも書くことが思いつかないので、サークラ会誌に載せようとしてやめにした、2019年11月11日の文章を載せることにします。



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恋人の七回忌が初夏に終わりました。

わたしが初めて「お付き合いをしましょう」という約束を交わした人でした。

恋人とは「結婚したらこんな家に住みたいね」とか「ここはわたしに、ここはあなたに似たら、完璧な子供ができるね」とか、他愛のない話をしていました。なぜかわたしは途中で泣き出してしまって、「そんなことしたら、まるで実現しないみたいじゃない」と言われたこともありました。実現することはなかったのですが。

 

恋人はとてもかわいい人でした。

カフェイン中毒で、一日に十杯くらいコーヒーを飲むんです。喫茶店でも、駅でも、家でも、起きているときは呼吸をするようにブラックのコーヒーを飲んでいました。

そして、とてつもなく本が好きでした。恋人とお付き合いをする前、彼はわたしに「あなたの部屋の本棚の写真を送ってください」と言いました。わたしはそれは「あなたの下着姿の写真を送ってください」と言われるより、よっぽど恥ずかしいことのように感じました。デートなのにハードカバーの本を三冊も鞄に入れていて、わたしを放ったらかして読みふけることもありました。二人で行った三月書房は週休七日、実質閉店してしまったし、アスタルテ書房は店主がお亡くなりになって、代替わりしてしまいましたよ。


プレゼントは、わたしの好みを完全に無視して、自分が欲しいものを押し付けてきました。サラ・ムーンの写真がついた赤ずきんの絵本、紫陽花のドライフラワー石川啄木のカルタを誕生日にもらったときは、さすがに怒ってしまいました。当時のわたしは演劇をしていてとても貧乏で、アルバイト漬けの生活をしていたからです。奨学金を借りて、隙間風のひどいアパートに住み、納豆と豆腐と卵ばかり食べていたわたしにとって、「はたらけど はたらけど猶 わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」はあまりにも現実めいた響きでした。そうすると、彼は改めて、チーキーというメーカーのテディベアをくれました。両耳に鈴が入っていて、振るとしゃんしゃんと鳴るのです。調べると二万円以上もして驚きました。確かに精巧な作りをしているのですが、わたしには、ぬいぐるみを集める趣味はありません。


恋人はわたしのことを「かわいい」と言いました。比喩ではなく一日に百回くらい言いました。わたしはそれに辟易して「もっとかわいい人はいる、女優さんの〇〇とか、モデルさんの××とか」と返すと、恋人は間髪入れずに「いや、さらが世界で一番かわいい」と言いました。そのときの恋人の澄み切った目。わたしは本当にうれしかった。今でも昨日のことのように思い出します。

 


「お付き合いしましょう」という契約をしたまま、相手が死んでしまった場合は、一体どうしたらいいのでしょうか。

恋人のお墓は茅ヶ崎の山の上にあります。とてもよく手入れがされていて、行くたびいつも綺麗なお花と缶コーヒーが捧げられています。わたしも死んだらそこに入りたいけれど、ただお付き合いをしていただけなので、不可能です。

お墓参りをするたび、悲しくなって、ここで首を吊ってしまおうかと思います。でも、死んだところで、わたしはこのままでは、瀬戸内海の小島のさらに山の上にある、アクセスが悪すぎて誰も来られないような、荒んだ寺の墓に入ることになっています。嫌すぎる。

帰りしな、名残惜しくて、御影石に刻まれた恋人の名前をなぞります。この世にこれほど甘美な名前はあるでしょうか。しかしその下には享年と戒名。享年とは天から授かった命のことだそうです。わたしは天を憎み、神を恨みます。恋人はとても頭がよかったから、それにちなんだ戒名がつけられています。頭がよくても死んだら終いです。


向こうのお父さんとお母さんには懇ろにしてもらっています。妹さんとは年に何度かお会いして遊びます。この前、彼氏に撮られた自分の寝顔がお兄ちゃんにそっくりだったからと、わたしに写真を送ってくれました。わたしはそれを携帯の待ち受けにしています。わたしはなんとか頼みこんで、恋人の家の養子にしてもらいたいと思っています。でも、さすがに断られるだろうなあ。

毎年、わたしは恋人の命日を恋人の家族と過ごします。こんな女は怖すぎると、自分でもよく承知しています。でも、そうするしかないのです。そうするしか、わたしには術がないのです。

 


なぜ、わたしは恋人より年上になっているのでしょうか。五つも歳が離れていたはずのに。恋人はしょっちゅう頭の悪いわたしを馬鹿にしていました。わたしは恋人の世間知らずっぷりを馬鹿にしていました。でも、それがとても心地よかった。毎年恋人の誕生日をどうお祝いしていいかわりません。おめでとうございます。きっと歳を取らない方がうれしいだろうから、一生、二十六歳のままで止めてあげます。わたしは今年二十八になりました。いつのまにか、わたしの方がおねえさんになってしまいましたね年上の女の人は好きですか?

 

過去にすがるのはよくないと、この世にはもっといい人がいると、さまざまな人は言います。

でも、わたしは恋人のことを好きなわたしのことが好き。あんなにもかわいい人を未だに愛している自分のことが大好き。

わたしは素晴らしい記憶を反芻しながらお化けのように生きて、その効き目がなくなったら、自殺しようと思っています。できるかな。

それまでどうかわたしと恋人がしあわせでありますように。


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わたしはまだ生きていて、彼氏とは三年続いていて、この前は日光に遊びに行きました。

流行病のために恋人のご家族と年に一回会うことはなくなってしまったし、待受は人につっこまれることが多くて、中村明日美子さんのイラストに変えました。

生きているのが裏切りなのかわからない、尼にもなれない、死ぬのはとてもこわい。こんな生活をしていも、だれもわたしを咎めない。わたしを糾弾してくれ!と叫びながら、もう許してほしいと懇願している、だれに? なにを?  それでも、わたしはしたたかに生きているのです。